「小さな大黒柱」
風呂敷包みを抱いた女性が、
制服を着た中学生くらいの女の子と小学校低学年ぐらいの男の子を連れてご搭乗なさいました。
荷物をしまうお手伝いをしようと近寄ろうとして、
ハッとしました。
その女性が抱えていらっしゃる包みがご遺骨ではないかと気づいたからです。
人目を気にされたのか、白い風呂敷のままではなく、
濃い藍色の風呂敷に包まれていましたが、
大事そうになさっているご様子からほぼ間違いないと確信しました。
ご家族が中央4席のうち3席にお座りになったので、
隣の席が空席であることを確認してから、
お客様のもとにうかがい、
「隣の席が空いておりますので、
こちらのお席もお使いください。
まもなく離陸いたしますので、
念のため、
ベルトで固定させていただいてもよろしいでしょうか」
と声をおかけしたところ、
「ご丁寧に恐れ入ります。よろしいのですか」
そう言って涙ぐまれながら、
大事そうに包みを渡してくださいました。
「もしかすると、この子たちのお父様なのかもしれない」
そう思うと、
まだ小さなお子様たちがとても不憫(ふびん)で、
涙が出そうになり、
慌てて目を押さえていると、
その様子に気づかれたのか、
「主人なんです」
と教えてくださいました。
受取った箱は温かく、
もちろんそれは奥様がずっと胸に抱いていらしたからなのですが、
ご主人の温もりのように感じられました。
上空でドリンクサービスを終えた後、
「お寒くないですか」と、
声をおかけしたところ、
「大丈夫です。
先ほどはありがとうございました。
ご親切に恐れ入ります」
という弱々しく小さな声の奥様の後に、
「ありがとうございます」
お姉ちゃんが涙声で続けました。
お二人の想いを考えると、
私も涙があふれそうになってしまい、
「元気を出してくださいね。
これからもお父様はいつも皆さんと一緒ですよ」
とお伝えするのが精一杯でした。
その時です。
「大丈夫だよ」
と声が聞こえてきました。
「え?」
奥様もお姉ちゃんも、
そして私までもが、
思わずきょとんとしてしまいました。
声の主はお姉ちゃんの隣の席にいました。
そう、野球帽を頭にかぶったまだ幼さの残る男の子。
驚く奥様とお姉ちゃんをやさしい目で見ながら、
彼は続けました。
「お父さんと約束したんだ。
お父さんが病気になった時、
『お父さんがいない時は、お前がお母さんとお姉ちゃんを守るんだぞ』って。
僕『うん。わかった』って言ったんだ。
だから大丈夫だよ」
彼のはきはきした声と紅潮した顔は大変たくましく、
まるで、男の子とお父様が重なっているようでした。
「ありがとう。よろしくね」
奥様がやさしく微笑みました。
目に涙が浮かんでいるのが見えます。
お隣のお姉ちゃんは、
とうとう声を出して泣き始めてしまいました。
「偉いな、坊や。頑張れよ」
「頑張ってね」
親子のやりとりが聞こえていたようで、
通路を挟んで隣に座っていた老夫婦が、
男の子に声をかけてくださいました。
そのやさしい笑顔と言葉に、
私も胸が締め付けられ、
この家族を応援したい気持でいっぱいになりました。
「うん」
ふと見ると、
男の子が自分のももをつねっていました。
お父さんとの約束を守るために、
人前で泣いてはいけないと思ったのでしょう。
小さな大黒柱がたくしましく見えました。
※三枝理枝子著「空の上で本当にあった心温まる物語2」あさ出版2011年10月17日発行より
自らの命もかえりみず、
超人的な力で、人を助けたり、
守ってくれる人のことをヒーローと呼ぶ。
そして、それを自分の職業として実践しているのが、
自衛隊であり、警察官、消防隊員の人たちだ。
しかし、そのような仕事に就いていなくとも、
自分の大切な誰かを守ろう、
と決意した人は、ヒーローとなる。
たとえ、それが小さな子どもであっても…
誰かを守るということは、
自分のことより他人の幸せを願うという、
究極の利他の心。
どんな時でも逃げずに、
「大切な誰かを守る」人でありたい。
【人の心に灯をともす】より