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理不尽な世界に疑問
ネットの普及から
「井の中の蛙」から「目から鱗」

なぜ日本人なのか?
本物の日本人とは何なのか?
興味深い内容と雑学から学ぶことは?
ただの主婦だけど、
ただの主婦からのメッセージ
受けとる人は誰?

 
 
 
 
 
王仁三郎の予言

筆先に出ている火の雨いうたら、あんなちょろいもんやない。ほんまに火が天から降ってくるのじゃ。

「世界の人民3分になるぞよ」という開祖はんのお筆先は今後必ず到来するぞ。
日本は3分どころか2分より残らん。悪人は1人も残さんと、神様が言われるでなあ。
火の雨が降るというのは、この程度(広島原爆)のことではない。今は序の口で、本舞台はこれからじゃ。

三千世界の大洗濯、大掃除を致して、天下泰平に世を治めて万古末代続く神国の世に致すぞよ。
神の申したことは、一分一厘違わんぞよ。毛筋の横幅ほども間違いはないぞよ。これが違うたら、神はこの世に居らんぞよ。

(1) 世の立て替え・立て直しは避けられない。(それは「ミロクの世」へと移るために必要なプロセスである)

(2) しかし、今のままでは人民の多くは「ミロクの世」に進むことができない。
とくに日本民族はしっかり「身魂みがき」をする必要がある。

(3) そのことを早くから(明治25年から)出口ナオを通じて伝えているが、人民はなかなか信じない。

(4) このままだと圧倒的多数の人民は救われない(ミロクの世に進めない)可能性が高い。
それでは可哀想だから、信じるようにいろいろと(予言などで)教えている。

この世をこのままにしておいたなれば、日本は外国に取られてしもうて、世界は泥海になるから、末法の世を縮めて松の世にいたして、
日本神国の行状(おこない)を世界の手本に出して、外国人を従わせて、万古末代動かぬ神の世で、三千世界の陸地(おつち)の上を守護いたして、
神、仏事、人民を安心させてやるぞよ。 

そこへなるまでに、世界にはもひとつ世の立て替えの大峠があるから、一日も早く改心いたして、
神にすがりて誠の行ないに替えておらんと、今までのような、我さえ善ければ人は転けようが倒れようが見向きもいたさん精神(こころ)でありたら、
神の戒め厳しきから、到底この大峠を越すことはできんぞよ。(明治35年旧3月11日)

世界の人民よ、一日も早く改心なされよ。それについては、日本の人民の改心が第一であるぞよ。
日本の人民さえ改心いたせば、世界は良い世になるのじゃぞよ。(明治31年旧11月5日)

めぐり(罪科償却)の出てくるのは、世界はこれからであるぞよ。
高いところへ上がりて偉そうにいたしておりた人民、これからは気の毒なことに変わるぞよ。

そこになりてから神に縋(すが)りたとて、聞き済みはないぞよ。(大本神諭・明治35年)

智慧でも学問でも、今度は金積んでもどうにもならんことになるから、そうなりたら神を頼るよりほかに手はなくなるから、そうなりてから「助けてくれ」と申しても間に合わんぞ。(ひふみ神示・下つ巻第16条)

またたきの間に天地引っ繰り返るような大騒動が出来るから、くどう気つけて(=警告して)おくぞ。
さあという時になりてからでは間に合わんぞ。用意なされよ。(ひふみ神示・下つ巻第28条)

大峠となりてからでは(事が起きてから)、いくら「改心します」と申しても、「許してくれ」と申しても、許すことはできん。(ひふみ神示・ウメの巻第6条)

大峠の最中になったら、キリキリ舞いして、「助けてくれ」と押し寄せるなれど、その時では間に合わん。
逆立ちしてお詫びに来ても、どうすることもできん。
皆おのれの心であるからぞ。
今のうちに改心(するのが)結構。(ひふみ神示・碧玉の巻)

真っ只中になりたら、学でも智でも金でもどうにもならんことになるのぢゃ。
今は神を見下げて人民が上になっているが、そうなってから神に「助けてくれ」と申しても、時が過ぎているから時の神様がお許しなさらんぞ。(ひふみ神示・ウミの巻第14条)

地震、雷、火の雨降らして大洗濯するぞ。
よほどシッカリせねば生きて行けんぞ。
月は赤くなるぞ。日は黒くなるぞ。空は血の色となるぞ。流れも血ぢゃ。人民四ツん這いやら、逆立ちやら、ノタウチに、一時はなるのであるぞ。

大地震、火の雨降らしての大洗濯であるから、一人逃れようとて、神でも逃れることは出来んぞ。
天地まぜまぜとなるのぞ。ひっくり返るのぞ。

三分の一の人民になると、早うから知らせてありたことの実地が始まっているのであるぞ。
何もかも三分の一ぢゃ。大掃除して残った三分の一で、新しき御代の礎と致す仕組ぢゃ。

三分むづかしいことになっているのを、天の神にお願い申して、一人でも多く助けたさの日夜の苦心であるぞ。
堪忍の堪忍、我慢の我慢であるぞ。

少しでも食物の用意を致さねば、後で地団駄踏んでも追いつかぬ事になるぞよ。
四ツ足の餌の奪(と)り合いが始まりて来るぞよ。

未と申とが腹を減らして惨たらしい酉合いが始まるぞよ。
今までの世界の人民の苦しむ大戦争を喜んで、結構な事になりて金銀を積んで高ぶって居りた人民は気の毒ながら、
真っ逆様に地獄のどん底に落ちて苦しむぞよ。(大正7年12月22日)

神は気(け)もない時から知らしておくから、よくこの神示、心にしめて居れよ。一日一握りの米に泣く時あるぞ。着る物も泣く事あるぞ。いくら買い溜めしても神のゆるさんもの一つも身にはつかんぞ。(昭和19年6月30日)

政治も経済も何もかもなくなるぞ。食べるものも一時は無くなってしまうぞ。覚悟なされよ。(昭和20年6月12日)

一握りの米に泣くことあると知らしてあろがな。米ばかりでないぞ。何もかも、臣民もなくなるところまで行かねばならんのぞ。臣民ばかりでないぞ。神々様さえ今度はなくなる方あるぞ。(昭和20年8月27日)

日に日に厳しくなりて来ると申してありた事始まっているのであるぞ。
まだまだ激しくなってどうしたらよいか判らなくなり、あちらへうろうろ、こちらへうろうろ、頼る所も着る物も住む家も食う物もなくなる世が迫って来ているのざぞ。(昭和19年12月12日)

以上