医師の家庭物語(24)
内科医である医師の夫は院長室の
ドアをノックし中に入っていく。
院長室のソファーには藪病院院長
の藪武男が深く腰掛け煙草を吹かせて
いる。
藪病院院長
「まあ、座れ。」
医師の夫
「はい。失礼します。」
藪病院院長
「君も日々ご苦労なようだが、病院経営と
いう事もある。病院経営あってこその医療だ。」
医師の夫
「はあ。」
藪病院院長
「我が藪一族はこの地に根を張り代々医者と
して名を上げ、私の代でこのような大病院に
発展させてきたのだがな、主要なお得意様の
利益に反する事はまかりならない。」
医師の夫
「私は定められた範囲で日々、処方していますが。」
藪病院院長
「政治家が時々消されるが、どこで消されている
か君、分かるかね?」
医師の夫
「映画などでよく見ますが。」
藪病院院長
「ふふ、死亡退院など知らないかな?」
医師の夫
「と、おっしゃいますと?」
藪病院院長
「沖縄県知事も翁長知事は辺野古基地反対を
唱え始めて実にタイミング良く末期ガンになったなあ。」
医師の夫
「と、おっしゃいますと?」
藪病院院長
「君はバカボンのパパに似ているが、まさか
単なる世間知らずではあるまいな?」
医師の夫
「おっしゃる意味がよく分かりませんが。」
藪病院院長
「まだまだ君は青いな。この世の中は白い白衣
のような純白では生きてはいけないのだよ。」
医師の夫
「はあ。」
藪病院院長の藪武男は再び煙草に火をつけて
フゥーと煙を吐き出して足を組み直す。
藪病院院長
「作家の中瀬俊介を知っているかな?」
医師の夫
「名前だけは知っています。2人の息子が
中瀬俊介の本を読んでいましたから。」
藪病院院長
「君の2人の息子はまだ高校生だったな?高校生
のうちから中瀬俊介の本を読んでいるとはなかなか
知的水準が高いじゃないか、君と違って。」
医師の夫
「褒められているのか否定されているのか。」
藪病院院長
「先日、君に指示した議長対策は分かっている
だろうな?」
医師の夫
「はあ、はい。」
藪病院院長
「だてにPTA会長をしたわけじゃないだろ?
いくら世間知らずの君とは言え、議長と話をして
誘導することくらい出来るよな?」
医師の夫
「まあ、何とか。」
藪病院院長
「しくじったら離島の巡回医に回すぞ。いいな?」
医師の夫
「えっ、そ、そんな!?」
藪病院院長の藪武男は足を組み直し煙草を吹かす。
藪病院院長
「で、その中瀬俊介だがな、以前は化粧品の闇
を発表し続けて主婦層には支持されたのだが、
命を狙われた事もある。」
医師の夫
「えっ、そうなんですか!?」
藪病院院長
「企業は皆、同じ指揮系統で動いておるからな。
支配階級の不都合な事に触れると消される。」
医師の夫
「はあ?」
藪病院院長
「君はなんにも知らないみたいだな。中瀬俊介は
大手化粧品会社の不正堂から暗殺されかけたんだよ。知らんのか?」
医師の夫
「そ、そうなんですか!?」
藪病院院長
「企業は簡単に人を殺すよ。中瀬俊介も不正堂に
依頼されたヒットマンが待ち伏せしていたのだが
警察トップが事前に察知して防いだから助かった
みたいだがな。」
医師の夫
「私の妻は確か不正堂の化粧品は使っていない
と思いますが。確かマンボウの化粧品だったかと。」
藪病院院長
「で、我々も当然ながら企業と無関係ではいられ
ない事は分かるな?いくら世間知らずの君でも。」
医師の夫
「と、おっしゃいますと?」
藪病院院長
「567液体、他に様々な医薬品。我々はどこの
ものを使っているかな。分かるだろう?」
医師の夫
「はあ。」
藪病院院長
「君は分からないのか!?とにかくしくじれば
君は離島巡回医だからな。」
医師の夫
「そ、そんな・・・。」
藪病院院長
「中瀬俊介の話を何故わざわざしたと思うか?
目障りな者や利益に反する者は・・・・・。」
医師の夫
「・・・・・・。」
藪病院院長
「そうだな、君は例のチラシを撒いている市議
の校区での元PTA会長として、例の市議を
うまく誘導してこの藪病院で健康診断を受けて
もらうようにしろ。いいな?」
医師の夫
「あの市議を健康診断に、ですか?」
藪病院院長
「余計な事は必要以上に聞かなくて良い。とにかく
君は議長に働きかけて市議への懲罰動議を誘導し、
例の市議を藪病院での健康診断に誘導しなさい。」
医師の夫
「は・・・、はい。」
藪病院院長
「しくじれば離島巡回医に回す。二度とここには
戻さないからな。」
院長室を後にした医師の夫は気が重くなった。
何やら自分の知らない世界が幕を明けそうで、
嫌な汗が背中を伝って流れていく。
窓の外はすっかり日が暮れて秋の夜長の空気
になっている。
診察室から健二が看護師たちに見送られて
帰っていく。
大滝秀治と名乗るお年寄りも帰っていく。
看護師たちも帰り支度を始めていく。
医師の夫はため息をついた。
女医の後藤が待っていた。
固まる医師の夫。
女医の後藤
「さ、先生。お約束でしょ。行きましょう。」
医師の夫
「約束しましたっけ?」
女医の後藤
「しましたわよ。さ、タクシーで行きましょう。」
そうして半ば強引に女医の後藤に連れられて
タクシーに乗り込んだ医師の夫は女医の後藤が
指示するままに走るタクシーで半ば上の空だった。
タクシーが繁華街の一角にある居酒屋の前に
停まった。
居酒屋に入る医師の夫と女医の後藤。
店主
「いらっしゃいませ。」
女医の後藤
「さ、先生、パアッと飲みましょう。」
医師の夫
「どうしたんですか今夜また。」
女医の後藤
「色々とストレスが溜まってましてね。パアッ
と飲みたくなったのよ。」
医師の夫
「で、どうして私なんですか?」
女医の後藤
「まあ、いいじゃないのよ。私はこう見えても
野獣好みだから。」
医師の夫
「野獣ですか?なんか酷いなあ。後藤先生、
今夜は短いタイトスカートですから先月みたいに
私に回し蹴りなんかしたら、あられもない姿に
なりますよ。」
女医の後藤
「あら、大丈夫よ。私そんなに酒癖悪いことは
ありませんわよ。」
医師の夫
「先月はズボンでしたから蹴りたい放題でしたね。」
居酒屋店員がビールを2つ持ってくる。
女医の後藤
「じゃ、乾杯しましょ。」
医師の夫
「では乾杯。後藤先生、ほどほどに。」
女医の後藤
「大丈夫よ、大丈夫。病院ではなかなか言え
ないのだけどね、やはり567液体はまずいわよ。」
医師の夫
「う〜む。」
女医の後藤
「液体開始後に日本でガンになる人が激増中よ。
それにエイズも増えてるわ。」
医師の夫
「そうなんですか?」
女医の後藤
「息子の健二さんがよく調べていたわ。大した
ものよ、まだ高校生であそこまで知っているなんて。」
医師の夫
「でもエビデンスはあるのですか?」
女医の後藤
「エビデンスなんてのはいくらでも都合よく
作られたり隠されたりしますわ。きちんと調べ
れば分かってくるのよ。キルゲイツもエイズが
これから蔓延すると宣言してたでしょ。」
医師の夫
「キルゲイツは立派な人物ですよね。」
女医の後藤
「あら、キルゲイツは悪魔ですわよ。人口削減
を液体を使って行うと堂々とイベントで宣言
していましたわよ。」
店員が2杯目のビールを持ってくる。
あっという間にグラスを空にする女医の後藤。
医師の夫
「後藤先生、ペースが早くないですか?」
女医の後藤
「大丈夫ですよ、大丈夫。」
医師の夫
「何やら嫌な予感がしますが。」
女医の後藤
「大丈夫よ。先生、今の液体はとても予防接種と
言われるものじゃないわ。なんであんな液体を
しかもお年寄りや子供たちに打つのかしら。変だ
と思わない?」
医師の夫
「う〜む。よく分からなくなってきたなあ。」
女医の後藤
「妊婦にはジュースすら胎児に悪影響があるから
と気を付けるようにするのが普通でしょ。それが
何故、567液体は妊婦に打つのかしら。」
店員が3杯目のビールを持ってくる。
あっという間に飲み干す女医の後藤。
魚のお造りをつまみながら固まる医師の夫。
医師の夫
「後藤先生、お造りやだし巻きもしっかり
食べてください。ビールのペースが早いですよ。」
女医の後藤
「大丈夫よ先生、大丈夫。」
医師の夫
「気のせいか後藤先生、目が座ってきたような
感じがしますが。」
女医の後藤
「気のせいですよ先生、気のせい。子宮頸がんの
液体も酷かったでしょう?たくさんの少女が
被害を生じて。だいたい液体で子宮頸がんを予防
できるというロジック自体が嘘だわ。」
医師の夫
「また再開しましたね、この春から。」
女医の後藤
「あれは日本人が疑うことなく567液体を
打ちまくったから、どさくさに紛れて復活させた
のよ。情けないわ。」
医師の夫
「三谷じゅん子とか言うタレント上がりの政治家
が働きかけていましたね。」
女医の後藤
「許せないわ、同じ女性として。何を考えている
のかしら。子宮頸がんは性交によりヒトパピローマ
ウイルスが感染して発症するからとして男性にも
原因があると理屈を作って来年春から男の子にも
適用になるのよ。」
医師の夫
「えっ、それはちょっとおかしいですね。」
女医の後藤
「ちょっとどころか、異常よ。近年は死産や流産、
それに男女の不妊が激増してるからね。何かが
おかしいのよ。」
医師の夫
「う〜む。」
女医の後藤
「そろそろ日本酒行きましょうか。」
医師の夫
「えっ、日本酒はやめたほうが。」
女医の後藤
「大丈夫よ先生、大丈夫。私は酒は強いのよ。
玉乃光がいいかしら、魔王もいいわね、竹鶴も
いいわ。」
医師の夫
「日本酒はおやめになったほうが。」
女医の後藤
「大丈夫よ。じゃ、玉乃光!玉乃光くれる!?」
店員が玉乃光を小瓶で持ってきて小さなグラスを
2つ並べて注いだ。
医師の夫と女医の後藤が軽く嗜む。
と、女医の後藤の目が座った。
突き刺すような目つきで医師の夫を睨みつける。
医師の夫
「あ、後藤先生・・・・・。」
女医の後藤
「おら、お前、聞いてるのか〜!?」
予感通りに女医の後藤はほんの少し日本酒を
口にしただけで別人格に豹変してしまった。
医師の夫
「後藤先生、今夜は私はここでお先に帰ります。」
と、個室から出ようとした医師の夫の前に
仁王立ちになった女医の後藤が通せんぼをした。
女医の後藤
「お前!逃げるのかぁ〜、お〜、逃さんぞ〜。」
医師の夫
「ちょ、ちょっと後藤先生!だから日本酒だけは
やめてくださいと言ったのに。」
女医の後藤
「おら〜、内科医〜!チマチマするんじゃね〜ぞ!」
医師の夫
「後藤先生!落ち着いてください!」
女医の後藤
「あたし、あんたの事好きよ〜。好き!」
そうして女医の後藤は医師の夫に抱きついてきた。
足を絡めてくる。
短いタイトスカートがめくれ上がって奥が露わに
なった。
医師の夫
「後藤先生!落ち着いてください!」
女医の後藤
「おら〜、男のくせにジメジメすんなよ〜。
お〜、この内科医よ〜。」
女医の後藤は更に日本酒のグラスを飲み干し、
更に目つきが怪しくなった。
そうして医師の夫の頬にキスをした。
医師の夫
「ご、後藤先生、まずいですから私は帰ります。」
女医の後藤
「逃げるのかぁ〜、お〜、お前!内科医!
私はよ〜野獣好きなのよ〜。お〜。コラ〜!」
そうして女医の後藤は個室の出入り口前に座り込み
医師の夫を脱出させないようにした。
更に医師の夫に抱きついてきた。
もはや羽交い締めの状態である。
医師の夫
「後藤先生!まずいですよ。やめてください。」
女医の後藤
「医者はよ〜、生の人間を見るんだよ〜。
患部だけを見るんじゃね〜ぞ。おら〜、内科医、
分かってるのか〜!」
医師の夫
「後藤先生、他人に見られたら誤解されますから
やはり私は帰ります!」
女医の後藤
「逃げるのかぁ〜?逃さんぞ内科医!なんでこの
私が夫を3回も取り替えたのか分かるか〜?」
個室の出入り口はすっかり塞がれて衣服を乱し
ながら医師の夫に抱きついたまま離れない豹変
した女医の後藤。
この瞬間に個室のドアが開けられて誰かが入って
きたらと思うと医師の夫は気が気でなかった。
ドアの向こうでは来客のざわついた歓声が
響いている。
時間が止まったように、とても長く感じる
医師の夫であった。
つづく。