母の誕生日に贈った、

イイホシユミコさんの

「un jour」シリーズのマグカップとプレート。

 

 

アメリカでの極貧学生時代、


一杯のラテに救われた記憶があるからこそ、

日常を彩る器の力を信じている。




陶芸作家の「遠回り」の人生が映し出された、


静かであたたかな器の魅力と、

母の笑顔がくれた小さな奇跡の話。

 

  母の誕生日に贈ったイイホシユミコさんの器

 

「今日まで生きていてよかった」

 

大袈裟だね、と笑いながらも、

母のその一言には、

嘘偽りのない実感がこもっていました。


母が細い指で

大切そうに包み込んでいるのは、

 

私が贈った

イイホシユミコさんのマグカップ。

 


フランス語で「一日」を意味する

「un jour(アンジュール)」

という名のシリーズです。

 

朝、

息が白くなるような肌寒いキッチンで、

 

まだ完全には覚めていない目で

たちのぼる湯気をぼんやり眺める。


そんな何気ない日常の断片を、

そっとすくい上げてくれるような器。


今日は私の原体験と

大好きな作家さんの物語を添えて、


「暮らしに寄り添う器」の話をさせてください。

 

  赤ちゃんのほっぺに触れるような桜色のマグがくれる朝の温もり

 

母に贈ったのは、


午後のティータイムを彩る


イイホシユミコさんが生み出した

「Apres midi(アプレミディ)」のマグと、

ソーサーとしても使えるプレート。

 


色は、

砂糖菓子のように淡い桜色です


つや消しの釉薬が施されたその質感は、

しっとりと手に馴染み、

まるで赤ちゃんのほっぺを

そっとなでているかのよう。

 

 

瀬戸の工房で、

一つひとつ手作業で

釉薬をかけているからでしょうか。

 

ほんのわずかな揺らぎや陰影が、

食卓に小さな灯をともしてくれます。

 

作家さんの器は扱いが難しそう・・・

 

そんなイメージを

持たれる方も多いと思いますが、


 

イイホシさんの器は

電子レンジも食洗機もOK😌

 

(ビビリの私は、

 もったいなくてしませんが)

 

 

木村硝子店とのコラボ「dishes」シリーズ。

 

高台のない、潔い直線。
けれど、リムの白いラインがどこか懐かしい。

 

 

洗練されながら、

どんな料理も受け止める。

 

 

おしゃれなのに
まるでお母さんの割烹着のような

安心感もあります。

 

 

 

結婚祝いや新生活など

贈り物に喜ばれるセット

 

母に贈った

「un jour」シリーズには、

三つの顔があります。

 

 

☀️Matin(朝):

トーストとサラダが似合う、

リムの立ったプレートなど

 

🫖Apres midi(午後):

ケーキと紅茶、そしてお喋りが弾む

少し小ぶりなカップなど

 

🌃Nuit(夜):

一日の終わりに、

小さなチョコレートをひとかけ

乗せたくなるような小皿など

 

その時の気分で、

服を着替えるように器を選べる。


なんて贅沢で、健やかな習慣でしょう。

 

そしてお魚を焼いた日には

「レクタングル」も。

角の取れた長方形は、

魚だけでなく、オードブルやおにぎり、

ケーキ、おつまみも。

和洋を問わず、

何をのせても

少し「おめかし」したように見せてくれる

不思議な力を持ったプレートです。

 

  バス代を浮かせて歩いた学生時代一杯のドリンクに救われた理由

 

私がこれほどまでに

「器」と「一杯の飲み物」を大切にするのは、

 

アメリカで過ごした

学生時代の記憶にあります。

 

 

当時の私は、お金も時間も、

そして心の余裕さえもカツカツ。


流行りの洋服も、

キラキラした旅行も、無縁でした。



思い出がつまったヨナスリンドホルムのマグカップ


左・金継ぎして愛用する当時のマグと

右・新しくこちらのお店で買ったマグ



⏬詳しく書いています❤️


バス代を浮かせるために一時間以上歩き、

足はパンパン、心はトゲトゲ。

 

そんな私を救ってくれたのは、

シェアハウスの小さな部屋や、

 

街角のカフェで飲む、

一杯のラテや紅茶でした。

 


美しいラテアートや

ドデカクッキーにも大いに癒された



丁寧に淹れられた熱い液体が、

喉を通り、心に落ちていく。

 


その瞬間、

張り詰めていたものが、

ふっと緩むのが分かったのです。

 

「ああ、生きていける」

 

そう思わせてくれたのは、

たった一杯の飲み物であり、

それを支える器の重みでした。

 


だからこそ、

毎朝紅茶を飲む母にも、

その「整える時間」を

最高のものにしてほしかったのです。

 

 


母と私のお気に入り「マルコポーロ」。

 

イイホシさんも

愛飲されているという紅茶で、

バニラと果実の甘い香りが、

一瞬で部屋をパリのカフェに変えてくれます。

 

 

 

⏬詳しく書いています❤️


  「人生の遠回り」が生んだ懐の深いデザインが放つ美しさ

 

イイホシユミコさんの作品には、

「潔さ」と「あたたかさ」が共存しています。

 


それは彼女が、

最初から陶芸の王道を歩んできた

わけではないからかもしれません。

 

本格的に器作りを始めたのは33歳。

 

もともと土ものを手がけていた彼女は、

こう感じたといいます。

「手作り感が強すぎて、

作り手の顔が見えすぎる器は、

朝の寝ぼけ眼には少し重い」


そんな極めて日常的な感覚から、

彼女のものづくりは変化していきました。

 

世渡り上手ではなく

遠回りをしたからこそ得られた、

確かな体力と観察眼。


それが「手跡を残さない手仕事」と

「味気なくならないプロダクト」という、

絶妙な境界線を生んでいるのです。

 

一田憲子さんのやさしい筆致で綴られる、

器作家・イイホシユミコさんの初著書。

 


「unjour」が生まれる背景や、

無理のない「正味の暮らし」への哲学に触れると、

いつもの食卓がより愛おしく感じられます。

 

日々の暮らしを整えるヒントが詰まった、

お守りのような一冊。

 

  箱を開ける前から始まる素敵な贈り物の物語

 

イイホシさんの器を語る上で欠かせないのが、

あのグレーのオリジナルボックス。

 


台東区で長く営まれる箱屋さんが、

昔ながらの

大きな金色のホチキスをパチンと留めて作る箱。

 


そこに

イイホシさん自身が作ったハンコを押し、

布のリボンをつけて、そっと結ぶ。

 

母がそのリボンをほどくときの、

指先の小さな震え。


「素敵な箱ね」


中身を見る前から、

すでに母の心は満たされていました。

 

  暮らしを支える好きなもの小さな器には大きな意味がある

 

いつものお茶、

いつものおかず。


けれど、器が変われば、

背筋が少し伸びて、

豊かな気持ちに。

 

 

言葉も、少しだけ優しくなる。

 

私たちは、案外、

そんな小さな「道具(お気に入り)」に

支えられながら、

生きているのかもしれません。

 

 

毎日を一生懸命に生きるあなたへ。

 

忙しい日々の中で

ふと立ち止まりたくなったら。

 

お気に入りの器で、

自分を労う一杯を淹れてみませんか?

 

最後までお読みいただき

とってもありがとうございました🫶

 

《いまここ》でした❤️

 

⏬いまここのROOM

 

でも

愛用品を多数ご紹介しています。

ぜひ遊びに来てください☺️

 

※すべて2026年1月31日執筆時の情報です。