私と同期の彼女は21歳だが

施設実習でやってくる同い年の学生さんとはぜんぜん違う。


服装が年齢のわりにシックであるとか そういうのとは違って、

話し方がこの地方の方言丸出しとか そういうのとも違って、

おだやかで落ち着きがあり、ドーンと構えていて動じなさそうで、さりげなくドライ。

こういう子が年月を重ねて30歳になると、いい女になりそうだ。

・・・どおりで私はそうならなかったわけだ。


ところで、この子が10歳のとき 私は同棲を始めた。

この子と就職とほぼ同時期に 私は同棲を終えた。

10歳の子供が社会人になるまでの間に

ひとつの恋をやっと終えたとは・・・。


時は金なり、うむ。

特に二十歳を超えてからの「時」は生ビールの泡のようだ。

一人の子供が大人になれる程の時間をかけて大切にしたい人に出会えて、私は幸せだ。


しかし、感傷に浸るより先に その子と私の年の差に改めてショックを受けた。

ああ、ヤダヤダ。



大好きだったあの人と別れるのを予感したのかどうか知らないけど、

いっしょにいるあの人は常に優しいのに

ふと悲しい気持ちになるようになったのは 5年くらい前からだ。


別れようと言ったのは私だけど、フラれたのも多分私のほうだ。

これも勝手な言い分なのかもしれない。


あの人の父親の莫大な借金を

最終的には一緒に抱えずに済んだことに

別れて悲しいという気持ちの影で ほっと胸をなでおろしている自分もいることは確かだ。


でも、一緒にいたかったので

支払いながら幸せに生活できる方法を見つけたかった。

子供も産んで育てたかったし マイホームも持ちたかった。

だから、お金の話を二人の間でタブーにしたらいけないと思った。


その一心で 打っても響いていないかのようなあの人に

何度もアクションを起こしたのだが、

最終的にこうしてパートナーでなくなる女に傷つけられて、

辛い思いをさせてしまったと思う。


彼の心の傷が 早く癒えますように。

どうか、彼の心に残ったものが傷だけでありませんように。




ところで私は、別れを告げたとき、もう誰も好きになりそうにない。今はそう思っている。


あれだけ愛したあの人を越す人で

しかも独身で同い年以上の人が現れる可能性は

現れない可能性よりはるかに高いので、


こうなったら私はもう(生まれ変わりがあるという前提で)

今回の人生は 好きな仕事に人生をかけてみようかと思った。

恋愛やら結婚やらは 次回の人生で堪能するのもヨシ程度に覚悟して

自分から告げた別れを受け止めた。


でも人生はおいしくできているから

ひょっとしたら そのうちひょっとするのかもしれない程度に期待はしていようと思う。


何を見ても思い出につながって涙がわいてくるので 今も辛いは辛い。

でも明けない夜はなくて、また新しい朝が何回も何回もやってくる。


ログインするのも ずいぶんと久しぶりになる。

前回書いた文章だけ少し見て 日時を見てないからわからないが、

少なくとも 3~4ヶ月くらいたち、施設の利用者との絆も着々と確実なものになってきた。


ある利用者の男の子は、私に所謂「ぞっこん」だ。

そして3月には31歳になる私は 結婚しようと語り合った男と別れた。

私の人生は現時点、暗中模索だわ五里霧中だわで、全く興味深くいい人生だ。

苦しい時期は 良い時期への通過点のようなことを本屋で見たが、

私は苦しくはないけど 通過点であることは間違いない。




とある本屋Mでの立ち読みが大好きだ。

時間はあっても金がないとき、私はその本屋で数時間を過ごす。


まず雑誌コーナーに行く。

nonnnoとかのティーン向けのところを通り過ぎて、

目指すは20代後半からミセスあたりの雑誌で 生き方をテーマにしたものを読み漁る。


そのあと旅行のコーナーへ行く。

「るるぶ」でも「まっぷる」でも、たいてい沖縄とか離島とかの名がつくものは見る。

ああああ、写真じゃなくてほんものの碧の海が見たい。

一人旅でもして きちんとゆっくり 別れた彼に感謝して 気持ちの整理をしたい。

それから、ペットと泊まれるホテルなどにも目を通す。


次に その近くのペットコーナーに行く。

母が定年退職する9月から 犬を飼う予定があるからだ。

映画で見たジャックラッセルテリアに興味のある父が犬を決めるのだが、

最終的にどんな子が我が家にやってくるのか。

元気な子ならなんでもいい。

ついでに散歩ダイエットでもしよう。


そのあとで、保育関係とか自閉症・知的障害・療育などの専門書籍を見て

そこでかなりの時間を費やす。


流れで 精神疾患のところも回り、

マンガや文庫本の間を通り抜けて 新刊のあるところで あらゆるものを読み漁る。


そこで見つけた「ソウルジョブ」なる言葉・・・

ボケーッとしてた魂がキンコンカーンと鳴るかのごとく 揺さぶられた。

気持ちいいなあエヘって程度のツボ押しが、

急にのわーっていうくらい効くツボにストライクとても言えばいいのだろうか。


3時間以上その本屋にはいたが、購入したのはその一冊だけ。

本には 人生においてソウルジョブに出会えた人たちの文章があったので

それらはサラリと読んだ。


これまで今の私の仕事は天職であるという表現を使っていたのだが、微妙に違った。

だってセンスないもん。

しかし、ソウルジョブってのにはぴたっとはまる。毎日楽しいぞ。






今日は、みんなが頼りにしているTさんが、私用のため休みであった。


そのことは数日前から知っていたので、ある程度の心積もりはあるつもりでいたけれど、

実際にTさんのいない一日を過ごしてみて感じたことは


『・・・いいなTさん。』


理由はいくつもあるが、そのうちの一つ。

Sさんの抑えがまったくきかなくなる。自分でもどうしようもなくなってしまうのだろう。

抑えのきかなくなったSさんは、思い通りに動いてくれない利用者を激しく叱るのだ。

そして、自閉傾向の強い方の目をばっちり見つめ、手首をつかんで叱咤する。


Sさんと利用者の間には信頼関係など成立していないように見受けられるが、

私もまだ利用者はもちろん、Sさんとも親しい間柄では無い。しかも、ろくに仕事もできない。


SさんはTさんのいない今日を、どうにか無事にすむよう必死なのだろう。

見ていて気持ちのよい支援ではないが、Sさんのおかげで何事も無く一日を終えたのも事実だ。


それにしても利用者にとっては迷惑な話だよな。


一日も早く仕事を覚え ラポート形成もと思う反面、

利用者には申し訳ないが 不思議と焦りはない。


前の勤務先(は、知的障害授産施設)での10年間を思えば、

焦ったところで吸収できる仕事量は変わらないし そこから絆も生まれないことは必須だ。

それにもう30歳だし、物覚えも良くはないでしょう・・・うん。


退職するTさんが、Sさんと利用者にとって心のよりどころであり

いるだけで安心な存在であることを今日痛感した。


それと同じ存在には(キャラじゃないから)なれない。

でも、みんなが安心できる新たな登場人物になりたいと思う。

Sさんとは少しづつ仲良くなり、メールがひっきりなしに届くようになった。

内容は、ズバリ男。

少しつっこむと、出るわ出るわ『結婚相談場』や『出会い系』で知り合った男性10人程の話。


ああああ、「やめな」と言いたい。

でもでもでもでもーーー、ダメと言ってはいけないと言われているから言わない。

仕方ないので、「30歳になると携帯画面ずっと見てるとチカチカしちゃってねぇ」とかなんとか

私が「え”-」と思う内容については 全ておばちゃんネタで返事をすることにした。


彼女は、孤独感を男性の存在でうめようとしているのだろう。

孤独感だけでなく、Sさんの色々切ないところを

例えその場限りであったとしても、男性の存在がうめてくれるのだろう。


だって、私が知るだけでも

何かあった日には必ず男がらみのメールで、しかもテンションの高い文面のメールが届く。

たとえば、上司から注意を受けたり

注意を飛び越して その場から物理的に離れさせられた日の夜。

  # あまりにも一人の利用者しか目に入らず、ダメを連呼して

  # 対象になる利用者が不安定になっていた為、

  # 他のグループの手伝いに行くよう上司から指示があった等。



どうにかしてあげたいという気持ちが、Sさんと交わす言葉と一緒に積み重なっていくのを感じる。

しかしここで思い直す。人を変えることはできない。できるのは自分を変えてくことだけ。


自分のできることからとにかく手をつけていこう。

私がしっかりすることでSさんのプレッシャーが少なくなるのなら、それは一石二鳥だ。


利用者との信頼関係は一刻も早く築きたいというのが本音だけれど、こればかりはどうしようもない。

どっしりかまえていくとするか。おばちゃんのずーずーしさで。

誰かが就職する時、その前に誰かが退職していることがほとんどだろう。

私の場合も例に漏れず、24歳の女性(仮にTさんとする)が結婚を理由に退職した・・・はずが、

引継ぎが今回は難しいため、4月20日まではそのTさんも一緒に働くことになった。


引継ぎの難しい理由はパートナーにあった。そのパートナーを仮にSさんとする。


Sさんは26歳の女性で、うつ病である。

熱意あるまじめな女性なのだが、そのまじめさが自分を追い詰めてしまう。

実は採用面接(と言えるかどうかわからないくらい、施設側の腰は低かった)の際に、

そのことは聞いており、それでも良いかと聞かれ、私はもちろん構わないと答えた。


実際会ってみても、Sさんはとても親切な人だったので

私は「引継ぎが難しいってのはどの部分のことだろう」と疑問に思った。

うつ病の方に対して 励ましは禁物であるとか、

無理に外へ連れ出すことはしてはいけないとか、

まーその程度のことを指しているのだとも思っていたから、

正直「何を気負っているんだ」とも内心感じていた。




しかし、日が経つにつれて私自身も感じることがあった。

それは「リーダー」という位置があいまいになっていることだ。


昨年度(正確には今年度4月20日まで)のリーダーはTさんであり、

Sさんはサブで半日だけ支援をしていた。

リーダーのTさんが年度末に退職すると聞いたSさんは

ずいぶん心が揺れて 数日の間うつ状態が強かったが、

乗り越えて得た結論は「これからは私がリーダーとしてやっていかなければ」というものだったそうだ。


しかし、Sさんの状態はまだ不安定で、精神状況がそのまま支援に響くので

リーダーを任せるには心配だったこともあり、

経験があってリーダーを任せられる人材を新たに採用すべく募集をして、

運よくひっかかったのが私だった。


上記の内容については、施設長・副施設長・TさんからSさんに直接話しをして

納得してもらったのだそうだ。


そういう経緯もあって、Sさんが「やっぱり私がやっていかないと!」と責任を感じてしまわないよう

Tさんは本来3月末で退職するはずだったところを 4月20日(給料の締め)までに延長し、

リーダーの動きやSさんへの接し方を中心に学ばせてもらえることになった。


Tさんも、年上の30歳女(私)でへたに経験のある人間に引き継ぐというのもやりにくいだろうなあ。

お世話になります。よろしく。結婚前に苦労させてごめんね。



グループの中のリーダーがあいまいだと 利用者も混乱してしまうし

一日も早くお互いの位置を定めていきたいと思う。



春休みは昨日で終わり、今日から本格的に新年度がスタートした。

7時50分に出勤してみると、誰もいないことにちょっと驚いた。

8時半までに出勤すればよいことになっているが、

それにしても40分前にまったく誰もいないとは・・・。

一人くらい早く来る人がいるかと思っていたから。


30分前になると支援者の一人が来て、施設の入り口の鍵を開けた。

中に入っても、今日の準備は昨日までにすべてしてあって そういえばやることが無い。

日課の確認も頭の中ではしたが、実際に動いてみないことには正直言ってよくわからない。


しかたないので、施設の中の備品を探って歩いた。

どこに何があるかわからないことには動きもとれないし、役にたたない。


少しづつ利用者がやってきたが、新参者の私は完全なお客さんで少しさみしい。

しかし、今日は昨日までの結果なのだから、信頼関係が無いのはしかたない。

大事なのは今日から信頼関係を築いていくこと。そう思い直す。


この子は何が好き?

この人はなんの話が好き?

たくさん発見して、仲良くなるための糸口としよう。


さー、始まった。


平成7年春からこの間の3月31日まで(10年)お世話になった職場を退職し、

今日から新しい職場となる『ゆんたく園(仮名)』で働くことになった。

表面上のお付き合いは得意である。

これは身近な人誰もがいうことなので確かだ。

でも、心を許すというか・・・・心を開くのには時間がかかる。

30歳のおババが「人見知りで~」とか言ってもかわいくないので、

大人として振舞いつつ 少しづつ馴染んでいきたいと思う。

経験には甘えることなく、生かせることは生かしていきたい。

一日目の今日は 引継ぎの際に理解を深められるよう

ケースやこれまでの支援記録をじっくり読ませてもらった。

春休みだったので、利用者は5日まで来ないそうだ。残念。