私は日経電子版アプリを利用している。日本のニュースをすぐにチェックできるので、ドイツに住んでいても日本の情報がタイムリーに手に入るのが便利だ。そんなある日、日経から一通のメールが届いた。

 

「Android 8.0.0未満の端末では、6月以降アプリが使用できなくなります。」

 

よくあるお知らせのように見えるが、私はふと考えた。
もし長年、スマートフォンを大切に使い続けている人だったら?
アップデートできない古い端末を使っている人にとっては、「情報の窓口」が突然閉ざされてしまうかもしれない。

 

もちろん、安全性の問題や、機能改善のためにアップデートは必要なのだろう。それは理解できる。けれど、もし簡易版のようなものが古い端末向けにあったら、もっと多くの人にやさしい選択肢になるのではないか、とも思った。

 

こうしたことは、スマホに限った話ではない。
たとえば、服や靴もそうだ。
最近は安価な商品が簡単に手に入るようになり、「ワンシーズンで終わり」という感覚も当たり前になっている。私自身、ビルケンシュトックの靴を何度か購入したことがある。私にとっては少し背伸びした買い物だ。それでも長く履いていると靴底に穴が開いてしまい、修理に出した。靴底の張り替えで約1万円。新品を買った方が早いかもしれないと思いながら、それでも「まだ使えるものを大事にする」という気持ちを優先した。

 

靴だけじゃない。

昔の日本の電化製品は、本当に丈夫に作られていたと思う。
私の夫が使っていたパナソニックのテレビは、10年以上経ってもちゃんと映っていた。むしろ「これ、まだ使えるのに買い替えるの?」と迷うくらい。
こういう「長く使えるモノ」が身近にあったからこそ、今でも「モノを大切にしたい」という気持ちが自分の中に残っているのかもしれない。

 

でも現代では、たとえば洗濯機が壊れると——出張費と部品代で200ユーロ以上かかるかもしれない。
それなら新しいものを買った方がいいのでは?と、つい思ってしまう。

 

「サステナブルとは何か?」

 

ただ物を長く使えばいいという単純な話ではない。けれど、消費が加速する中で、立ち止まって考えること、手をかけて直すという選択肢がもっと認められてもいいのではないかと思う。

 

便利さと環境へのやさしさのバランスをどう取るか。これは、今の私にとってまだ答えの出ていないテーマである。