惑溺? 耽溺? 没溺? | 3歩進んで2歩下がる?

3歩進んで2歩下がる?

毎日がリハビリです。2004年8月、健常者から右半身麻痺へ、そして今は、左半身も巻き込んだ、全身に係る新たな病気と向かい合っている毎日です。


こんにちは。


2日間ほど、書き込みをサボってしまいました。

火曜日は、訪問STのあと、デイケア、さらに

訪問診療と慌ただしい1日でした。

そして、水曜日は、午前中ヘルパーさんと買物

兼散歩に自宅周辺を電動車椅子で散策後、夕方

には、魔女の訪問PTの訓練を受けました。


さて、昨日の朝日新聞の一面に以下の記事が


 明治の思想家・福沢諭吉が生涯の説き続けた

ことの一つが、価値の多元的存立が自由の基盤

をなすということだったと、政治学者は言う。

たえず変化する状況の中で、各人が一つの価値

規準に呑(の)み込まれ、主体的な判断を放棄

する、そんな精神の「惑溺(わくでき)」から社

会の停滞が起こる。自由は“多事争論”の中で育

つと。『福沢諭吉の哲学』から。


おおっ、「惑溺」なる言葉が、どんな意味なんだ

使った事が無いので調べてみると


「ある物事にすっかり夢中になって、判断力を

失うこと。」


「惑溺」の例文・使い方・用例・文例

  1. 彼は酒色に惑溺している
  2. 女の惑溺している
  3. 一女優の色香に惑溺している
  4. 迷信に惑溺している


そして、似ている言葉として「耽溺」が表示さ

れました。コレも知らない言葉です。


「耽溺(たんでき)」は、特定の物事に深く没頭

し、夢中になって他を顧みなくなる状態を指

し、特に酒色や享楽にふける場合に用いられま

す。具体的な使い方としては、「酒色に耽溺す

る」のように、否定的な意味合いで不健全な活

動におぼれる様子を表すことが一般的です。 


さらには、「没溺」、コレも知らんなあ!


「没溺」(ぼつでき)は、水に落ちておぼれる

ことと、物事に度を過ごして熱中することを

意味します。 


今のネットでの検索って凄いですね、類似の

言葉まで教えてくれます。

しかしながら、知らない言葉が未だに沢山あり

ます。人生、死ぬまで勉強ですね。


本日のオヤツは此奴です!