タロット、やりたい!

と思い立ってから、数年


何故、突如そう思い立ったのかは今もよくわからない


特に知識があったわけでもなく

全てにおいて鈍感で、霊感ナシ 第六感的なものや閃きとか、そういうのも持ち合わせていない現実主義

※でも、目に見えない世界とかそういうのはあると思っているし、心霊系YouTubeチャンネルは毎日のように見ている(笑)


そんなヤツにカードリーディングなんぞ?

なんだろうけれど

ただ単に、楽しそうとかやってみようという感覚だけに忠実になったのだ

※変な器用貧乏根性を拗らせただけでもある



 そんなこんなで始めたリーディング


最初に揃えたのはこれ


定番のライダーズ版のタロットデッキとルノルマン、あんちょこ的書籍とオラクルカード


お手軽そうな講座を見たり

YouTubeのカードリーディング動画も見て、独学的にカードの展開を楽しんできた


趣味という域は出ていないし、自分的には『なんちゃってカードリーダー』

それでも、時間を重ねるうちに あれもこれも…と 色々なカードを買ってしまった


この数ヶ月で増えたカードデッキはこれ


タロットは、ライダーズ版の図柄に忠実ながらも それぞれらしさがあったりもして

眺めているだけでも楽しい


もちろん買ったものには、所謂『海賊版』もあって

(正規品は高いし、持ち歩くには重かったりもする💦)

でも、気軽に使いながら 自分がきちんと使える 読めるようになったら正規品を買おうと思っている

※特に『ANGEL ANSWER』は、かなり使いやすいと思った



 カード占いは当たるのか?


YouTubeチャンネルでのカードリーディングって、当然個人鑑定ではないし

展開時と視聴時のタイムラグ、その上遠隔でもあるので

本当に当たるの?

とも言われるかもしれない

※そもそもこういうのは、当たるとか信じるではなくて メッセージを咀嚼して、自分なりに納得して受け取るものだと思っている


そんな疑問を踏まえた時、心霊系の映像では遠隔など 同様のラグがあるにも関わらず 

視聴者になんらかの影響があったり、お祓い済だったりもするので

カードリーディングも、同じように視聴者に対して作用するものだと思う



実際にね

ここ最近は、たくさんの方のカードリーディングを見ながら

自分ではなかなか自分のためにカードを引くことはないので、鑑定してもらうようなつもりで  またリーディングの仕方も勉強するつもりで見ているんだけど

どれを見ていても、私が選択して展開されるカードには 不思議なくらいの共通点があるのだ


どんな人のどんな展開を選んで見ていても、ほほ100%で出てくるソード3(笑)


& ソードのカードが畳み掛けるように出るし、『HIGH PRIESTESS』『TEMPERANCE』も然り
『THE HERMIT』と『ペンタクル8』が高確率で ペアのようにして出てくるし

コレ見て わかる人はわかるよねぇ、私の事情や身の回り…(笑)

現況なんて

「そうそう、まさにそうなのよ」

自分が汲み取れずにモンモンとしている部分も

「おお、そうなのか!」


受け取り方や捉え方にもよるけれど

カード、恐るべし

侮るべからず…

なのである



 ま、楽しんでいきますわ


去年は特に、あれこれと忙しかったり

「所詮、トランプ占い」

と言われて、腐って(まさにソード3 笑)

カードを引くことが止まってしまっていたけれど

 

また、思い立ったように再開して

恒例になっている、友人宅での宅呑みのときでもいつでもカードを数種持参してリーディングしてると


やっぱり楽しい!


趣味として…ではあっても、何か誰かの背中を押したり 寄り添ったり ヒントを与えられるようであるならば

自己満足だけど、それはそれでよし


実はまだ、配達待ちで一目惚れをしたカードもあるのだけど

※側面のグリーンの金箔、いいよね

今月は2回ほど、オンラインコミュニティでのミーティング内のイベントで
カードリーディングをお願いされているので
とにかく、楽しんでいきますわ

当たる、当たらぬではなくて
どう受け取るか、受け流すか
なんだと思うのよね

なんちゃってタロッティストECCO
覚醒の日も近し?!
かな



『妹分』のまりーが挑戦したクラファンが、昨日ゴールを迎えた


結果は、目標の122%を達成!


3日ほど前は70%弱で、本人もAll-in方式とはいえ不安が大きかっただろう


インスタライブなどで自ら、自身の『活きたい世界』を語ったり

すでに支援協力してくれた仲間や友人に感謝を語ったり

笑顔の裏に、少しの不安を隠しながら想いを伝えて

最後まで走りきった まりー


本当におめでとう!!


過去に勇気を出して助けを求めた時に、拒絶された経験も有って
「怖くて怖くて仕方がなかった」
「支援をお願いするなんて、以ての外」
「人が離れたらどうしよう…」
そんなことを語っていたまりー

でも今は…
怖さを超えた先に見つけた『愛』と『優しさ』を感じているという

動かないと得られなかった
勇気を出したから、支えてもらった

今、まりーは一回りも二回りも大きく強くなった


クラファンというもの


オンラインコミュニティに参加するようになってから、様々な人が挑戦するクラファンを目にしてきた

コミュニティメンバーが、自身の挑戦に応援を求める姿も常に見てきている

チャレンジの規模も違えば、リターンも金額も違う
リターンはいらないから、ただただ応援したい…という気持ちも起こる

支える側から見れば、金銭的には支えられないこともある
『お金』で動くことが、可視化できるわかりやすい支援の手段とはわかりつつも…である

同じ時期にいくつかの知人友人のクラファンが重なると、支援をしたいと考えながらも なかなかできないこともある

気持ちはあるのに…
歯がゆい

優先順位とかはつけたくない
チャレンジへ対する熱意は、皆同じだから

しかし、今回 まりーにある人から
「今は金銭的には厳しいのだけど、応援しているからね」
という言葉が届いたそうである

「本当は、そんなこと私に言いたくなかっただろうに…」
そんなふうに相手の気持ちを思いやり汲み取り、感謝で受け取ったそうだ

オトナだなぁ…
強いな…
こういうところに、色々なことを乗り越えて生きて来たまりーの、人となりが現れているんだろう

まりーの挑戦
『LIFE STORY』を作りたい!

どんなLIFE STORYが出来上がるのか?
本当に楽しみ


誰かに頼るということ


誰かにお願いをする、助けを求めるということ

私も大の苦手で
苦手というよりしたくないというか できないというか
なんなら禁忌とも言える

できることなら、自分で解決すべき
人に負担をかけたくない
『助けて!=甘え』という刷り込みも、自身の中にある

『あなたはお姉ちゃんなんだから…』
『甘えちゃダメ!』
親や大人の言葉から『我慢を強いること』を覚えてしまった

そうやって生きてきた60年

反面、他人に甘えられる人が羨ましくて仕方がなかった

なんで、あんなに甘えられるのだろう?
人の懐に入れるのだろう?

私にはとても、できない芸当でもあった
本当は、甘えたくて助けて欲しくて堪らないのに
全然、平気な顔をする

挙句に限界ギリギリになって
『なんで、私の苦しさをわかってくれないの?』
と、それでも助けを求められずに自滅する

…わかるわけないよね
伝えないのに、表現しないのに、行動しないのに
察してちゃんを発動している自分

メンドーくせぇな…
そう思うけど、できないものはできないのだ

まりーも少なからずそんな性分を抱えていたのだろうか?

怖くて仕方がない…
そう言いながら、それでも行動に移したまりー

あっぱれとしか言いようがなく
心から、おめでとう!の言葉を贈りたい


支援するということ


支援や助けを求めることはできない私だけど、求められたら応えたい

相手が心から、信頼をもって支援を求めているとか
その情熱や心意気が伝わるのであれば
なんの躊躇もなく応えたい

金銭的とか、条件的に応えられないこともあるけれど
それでも、私ができることで支え助けたいと思う

そう考えれば…
私が誰かに何かの助けを求めた時には、相手は私が思うほどのハードルは設定しないものなのだろう

そうか…
そう考えれば
素直に『助けて!』とか『応援して!』と投げかけることは別にタブーでもなんでもないのだろう
(それでも性格故、簡単には出来そうもないけれど)

そんなことを、今回のまりーの挑戦から教えてもらったような気もする

助けて助けられて
もちろん、そこにはお互いの関係性や信頼もあるから

今、繋がっている全ての人々に
私は広く浅く繋がるタイプでもないので、縁のある方々には、真摯に向き合っていかなければ
そんなことも考えさせられた
 

まりー
改めて、ゴール達成おめでとう!
そして、貴重な気づきを与えてくれてありがとう!






私が参加しているオンラインコミュニティ


全国と海外にも約100名ほどのメンバーがいるこのコミュニティは、オンラインのみならず

リアルでも会ったり集まったり、呑んで騒いで語り合って


私自身が燻っていた時間と並行して、現在まで続いて繋がっているので

この『居場所』がなかったら、今の私はないな…と思えるくらい



女性のメンバーの中では、色々な意味で多分私が『長女』(笑)

40代〜50代の女性が多くて『ちょっと年の離れた妹たち』と共に学び、リスペクトし 刺激をもらっている


でも 実年齢は関係なくて

私を『えつこねぇさん』と慕ってくれる妹たちだけど、きっと私よりも何度も輪廻を繰り返して 人生を生きてきている魂のオトナ


想像を絶するような経験やトラウマ、生きづらさを抱えて生きて来てもいて

それ故に、彼女らのハートと魂は強い



妹たちの挑戦


現在、クラファンに挑戦している まりー

まりーのLIFE STORY

LIFE STORYを作りたい!という、まりーの想いだけでも是非に見ていただきたい!


いつも笑顔のまりーは現在、 自身の人生を振り返りながら

振り返りたくない、思い出したくないこともあるだろうけれど、また 前に進もうとしている

自身の経験から、生きづらさを抱えた誰かに寄り添いたい…

そんな想いで立ち上がった挑戦



まりーの応援隊長のようなYも、壮絶な経験を経てきた人


『加害者家族』であった自分

進学、就職、恋愛、結婚…

全てについて回る苦悩


とても人には話せない…

といった人生を、ここ最近できちんと向き合って自己開示して やはりその経験から誰かの支えになりたいと活動する

そんな強さのある人



昨年、自身のライフワークとして続くであろうと思った活動を思わぬ形でリセットすることになったH


Hとも、ZOOMでタロットを引きながら そして呑みながら散々語り合った


身を切るような想いもあっただろうけれど、大きなものを手放して

今、手放した跡に入ってきた『必然』に導かれるように進んでいる



そして、今年から『書家』として羽ばたき始めたМ

住む場所も近いから、Мとはよく会って呑んでは お互いのあれこれを語り尽くす


鬱の経験もあり、好きな音楽に救われて 生きづらさを抱えながら 自身に正直すぎるくらい正直に進んできた現在


個展を展開しながら忙しく過ごす中、まだまだ自身の可能性を信じて生きている



皆、40代中盤


キミら、なんでこんなに強いんだよ…



トラウマ


半世紀以上生きてきて、私もそれなりのポジティブもネガティブも経験してきた


キャラ的にも屈強で明るいように見える私だけど(見せている?という部分もあるかも)

自己分析をすれば、自分なりのトラウマを抱え かなり卑屈で黒いところがある


トラウマ(心的外傷)とは、命の危険や身体的・精神的な安全を脅かされるような、耐え難い衝撃的な体験によって心に受ける「深い傷」のこと

事故、災害、暴力、虐待などが原因で、後々までフラッシュバックや不安などの悪影響が続く状態

うーん、ここ最近のいくつかのトラウマは こう見ると命の危険というほどでもないけれど

無心でいられるはず時間の時に、ふっと湧き上がる 小さなトラウマとフラバ


もう、どうにでもなれ!

という割り切り方もできず

希死念慮ではないけれど、消えたら楽かな?という中途半端な思い



たまに、思い出すことがある

幼い記憶、甲府に住んでいた3歳くらいのころ


昼寝から目が覚めると、家に母がいなかった


家中を全て探す

泣きながら、母を呼びながら


どこにもいない

反射的に外へ出る

が、外にもいない


当時、家から徒歩数分の場所に父が勤務している会社があり

母は時々、事務を手伝っていたようだ


多分、本能的にその会社の方面に向かったのだろう

会社に着く手前くらいで、母が走って来たのが見えた


私の姿を見つけて、駆け寄ったのだろう

手を広げて、私を抱きとめるように

その場面は、スローモーションのように思い出される


こんな場面をフラバのように思い出すのは、多分 生まれて初めてのトラウマになったのだろうか?


そばにいるはずの人、大切な人、大好きな人、自分を理解してくれている人

そんな人が突然自分の視界から消えて、不安で 言いようのない悲しさと心配


そんなあたりが、現在もたまに抱えるトラウマに繋がっているのかな?

最近、そう気づいた


そんな古い記憶が 今もたまに思い起こされるのだから、当時はきっと強烈な感情を伴っていたのだろう…と


乗り越える強さ


今の私には、多分 心の弱さと暗さ 生きづらさを乗り越えていく術は見当たらない


だからこそ、妹たちの強さは心からリスペクトするのだ


でも…

乗り越えようとして乗り越えるのではなく

自分を内観して理解して

乗り越えるタイミングとかきっかけを、逃さないようにしようとは思う


誤解を恐れずに言えば、私は

『自己肯定感』

という言葉が、嫌いである


自己肯定感を上げて…というと、無理やりポジティブに導こうとしてていたり

自己肯定感が低いとダメなヤツ認定みたいな


天邪鬼な私は、そんな気がしてしまうのだ

そもそも『自己肯定』って、どんな自分をも受容して認めることなんじゃないかな?とも考えたりもして


ポジティブだけじゃなくて、暗くて卑屈で汚いズルい自分

それから目をそらさずに

「そんな私も私」

「それもアリだよ、人間だもん」

そう認めて肯定して捉えたい


だから、フワフワと花畑的に

「自己肯定感、上げまーす!」

とは言いたくないのだ



ふとん1ふとん2ふとん2ふとん2ふとん2ふとん2ふとん2ふとん3


後厄であり、各種占術的にはやっとドン底から抜け出しつつある今年


こんな風に考えられるようになったのは、妹たちの姿を見せてもらえているからだと思う


綺麗事は言わない

あとどのくらい 残りがあるかわからない 、何が起こるかわからない私の人生


最期には、乗り越えてやりきった感で次のステージへと進めるように…

妹たちの生き方を、改めて学ばせてもらおうと思っている


妹たちよ

呑みながら、またたくさん語り合おうぜぃ!!