こんにちは、“IMIC社長”です。
7月に入り、オウム真理教による地下鉄サリン事件などに関連し、死刑宣告を受けていた死刑囚13名が、2回にわけて全員が死刑執行済となりました。
1回で13名をいっぺんに執行できないため、2回にわける必要があったとのこと。
当時第一線で活躍していたジャーナリスト江川紹子氏らが、教祖以外の信者の死刑執行についてコメントするなど、懐かしい名前も散見されました。
大抵こういう時に名前が上がってくるのは、いわゆる人権派という方々ですけれども、トランプ政権の中国共産党によるウイグル族の不当収容 ( 実際には“不当収容”などという生ぬるいものではないですが ) への非難会見についても、何かしらコメントすべきなんじゃないの?と思う今日この頃。
さて、わたくしがオウム真理教を知ったのは、高校生のときでした。
当日の友人に熱心な仏教徒が居て、マンガ孔雀王とかやたら勧められ読んでいたのですが、彼の影響でたびたび月刊ムーなどの雑誌を読んでいたときに、麻原彰晃が確か オウムの会 というヨガ団体のトップとして、空中浮遊している姿が掲載されていたのをよく覚えています。
本場インドでヨーガの修行法を学んだ人物として紹介されていて、友人とは、空中浮遊の原理を あーでもないこーでもない、とネタにして楽しんでいたのですが、あの記事を目にして入会を決意した人はかなり多かったようです。
※そもそも、すごく一生懸命フンフン言いながら、ちびっと空中に浮遊したように見えたところで、一体誰を救え、誰を導けるというのでしょう?
オウムの会はその後、オウム神仙の会 → オウム真理教 と遷移していくに従い宗教色を強め、あらゆる宗教はオウム真理教に通じる的な教義を掲げ、一度は衆議院選という表の舞台での飛躍を模索し、それが失敗した以降は、いわゆるテロリズムに邁進していきます。
その結果は誰もがご存知の通り、オウムを批判し信者の脱会を支援していた坂本弁護士の一家殺害事件、サリンの効果実験として行った松本サリン事件と徐々にエスカレート。
最後は国家転覆計画の実行とも言える 地下鉄サリン事件 を引き起こし、13人を殺害、数千人が重軽傷を負い、今でもその後遺症に悩んでいる方もいるという、民間団体として過去最大級の国家反逆・無差別殺人行為を行ってきました。
事件後、上九一色村のサティアンへの強制捜査等もあり、オウム真理教の幹部や重大事件の執行者らは全員逮捕、うち13名が死刑を宣告されます。
一方で、製造された神経ガス(サリン・VXなど)の種類から、ロシアや北朝鮮などとの関与も指摘され、そもそも国家転覆を狙った事件にも関わらず破壊活動防止法 ( 破防法 ) が適用されないなど、不完全燃焼な後始末が続いていたのですが、麻原彰晃こと松本智津夫の逮捕より23年経過した今、13名の死刑執行をもって、ようやく一つのケジメがついたと言えるのではないでしょうか。
そして、今回テーマにした 罪と罰 です。
クリスチャンである上川法相は、個人的な信条として、死刑に反対のようです。
現に、キリスト教圏であるEUは、2回にわたる死刑執行に対し正式な抗議を日本に寄せていますが、法相は記者会見での質疑応答で、
「法務大臣の職にありながら思想・信条で手続きをしない、というのは職務の放棄にあたると考えています」
とプロフェッショナルな回答をされています。
それが出来ないなら法務大臣など引き受けていない、と言わんばかりであり、淡々とした中にも胆力を感じさせる会見でした。
そして事実として、日本にはれっきとした刑法があり、外国人労働者が毎年十万人単位で増えているにも関わらず、刑犯罪件数は徐々に下がり、平成28年度には戦後初めて100万件を下回るなど、現行の刑法が十分な効果を発揮している、ということが判っています。
刑法の歴史的な背景として、日本は封建時代の武士階級に認められていた切捨御免の特権 ( 厳密には刑法の範疇ではない ) を除き、一般的には、罪人は生け捕ってお奉行の前で釈明させ、関係者の言い分を聞いてから裁定する 「遠山の金さん」にあるような刑罰へのスタンスが、今も脈々と受け継がれています。
国防でも、専守防衛の考え方がなんとなくなじんでいまっているのは、日本人の “まずは話し合ってみよう” みたいな人柄が影響しているのかも知れません。
一方で、EUを初めとする大抵の外国は、死刑廃止を訴えている国ほど、現場での射殺や殺害が日常茶飯事なんじゃ?!
罪に対する罰の与え方として、どちらが正しいんでしょうね?
恐らくどちらも正解で、その辺のルールは国ごとの思想信条や治安との兼ね合いの問題であり、最低限の人権確保がなされていれば、他の文化圏が口を出すべきでないと思うのですが。。。
日本人の根底には、犯人の犯した罪をつまびらかにし、その罪の深さにより、しかるべき罰が与えられ執行されるべき、という普遍的な価値観があると思います。
つまり、今回のオウム真理教絡みの13名の死刑囚は、それなりの罪を犯したのであり、最高裁で死刑が確定し、本人らもその罪状を認め冤罪の可能性がない以上、死刑が執行されて当然 と捉える人が多いのではないでしょうか。
さらに、死刑を適用する条件は曖昧ではなく、刑量の大小こそ裁判官に委ねられているとは言え、かなり厳格に定められています。
(参考HP 裁判・死刑に関する辞典)
参考HPを見る限り、死刑の適用範囲は至極妥当な内容であり、人権の蹂躙にあたる事象など見当たらない以上、
歴史と伝統を受け継いだ刑法にのっとり、罪を犯した人は、しかるべき罰を受けなければならない
ということが当たり前のように行われる世の中であって欲しいと思います。
EUの抗議に対しては、返答が必要ならば、
EUとはEPAやるんだから、犯罪率が極めて低く、治安を安定させている日本の刑法にまで口出すなよ。野暮ったいな。
とでも返しておけば良いのではないでしょうか。
本日はここまで。