銀河鉄道の夜


1985年 日本映画

監督 杉井ギサブロー

原作 宮沢賢治



ジョバンニは、星祭りの夜に銀河鉄道に乗って、友だちのカムパネルラと銀河を旅しながら、さまざまな人々と出会い、そして別れていく…



⚫︎あらすじ


貧しい家庭を支えるために働き、周囲から孤立していたネコの少年ジョバンニは、星祭りの夜に一人で丘の上に佇んでいました。


すると突如、目の前にまばゆい光を放つ銀河鉄道が現れ、彼は吸い込まれるように乗車します。


車内にはなぜか、親友のカムパネルラが先に乗っていました。


二人は幻想的な天の川に沿って走り、様々な乗客たちと出会いと別れを繰り返します。


鳥を捕るネコや、沈没船から救われ天上へ向かう姉弟らとの交流を通じ、ジョバンニは「みんなの本当の幸せとは何か」を深く考え始めます。


しかし、南十字星の終着駅が近づいた時、カムパネルラは「本当の天上へ行く」と言い残し、忽然と姿を消してしまいます。


現実世界へと引き戻されたジョバンニは、現実の川でカムパネルラが溺れた友達を救い、自らは命を落としたことを知ります。


ジョバンニは深い悲しみに暮れながらも、親友の自己犠牲の精神と、旅の途中で誓い合った「みんなの幸せのために生きる」という強い決意を胸に刻み、前を向いて歩み出します。





⚫︎感想


映画を観て「えっジョバンニってネコだったの?」って思いました!そして、「えっ、カンパネルラもネコ?」って。


宮沢賢治の銀河鉄道は有名な物語だから、少しは知っているつもりでしたが、こんな世界観だったのか…と思いました。


ですがこのアニメ作者が、死を扱う作品なので、子どもたちにショックを与えないように気配りしたのだと後から知りました。


父親が遠くに行っているジョバンニは、病気の母親のために、学校が終わると皆んなとは遊ばずにずっと働いていました。


そんなジョバンニに同じクラスのザネリは意地悪を言います。でも、カムパネルラだけは意地悪を言いません。


ジョバンニは働いたお金でパンを買い、毎日母親に持って帰ります。


でもその日は家に牛乳が届いていなかったので、取りに行く最中に起きていたカンパネルラの水難事故でした。


そんなことを知らないジョバンニは、うたた寝をしてしまい、夢の中でカンパネルラと銀河鉄道に乗って旅をします。


きっとカンパネルラは親友のジョバンニに別れを言うために会いに来たんですね…。



⚫︎登場人物

🐈ジョバンニ(青いネコ)

🐈カンパネルラ(背の高い赤いネコ)

🐈ザネリ(イジワルを言うネコ)


貧しいジョバンニに意地悪を言うザネリ、でもカンパネルラは言いません。お祭りの夜、川に落ちたザネリを助けたカンパネルラは亡くなってしまいます。


🐈発掘しているネコ

🐈鳥を獲るネコ


銀河鉄道ではさまざまな猫と出会います。鳥を撮るネコはジョバンニとカンパネルラの席に座りました。2人の席に入ってきたネコはやがて行ってしまいます。そのときジョバンニが言います。

僕はもう少しあの人と話しておけば良かった、僕はあの人が邪魔のような気がしたんだよ」と。


人が亡くなると、こんなふうに感じたりするのかもなぁ…。と思いました。



🧑🏻‍🦱👧🏻👦先生と人間の子どもたち


銀河鉄道に初めて人が乗ってきました。氷山にぶつかって船が沈んだ人のようです。


あっ、タイタニック!だと思いましたねー。なんで急に人?なのかなとも思いましたが。


不思議な世界観の宮沢賢治の物語です。



⚫︎なぜ外国人のような名前なの?


宮沢賢治は生まれ故郷の岩手をイーハトーブと呼んでいました。イーハトーブは架空の理想郷です。そこでは世界共通の言葉エスペラントが話されている世界なのです。ジョバンニやカムパネルラという名前も、国や時代にとらわれないユートピアを描きたかったからだそうです。

「太陽の都」という理想郷を描いたイタリアの哲学者トマソ・カンパネッラ。彼の幼名がジョバンニだそうです。


やはり宮沢賢治って物知りなんですね。宮沢賢治は人種や国を超えて、全ての人(生き物)が幸せになることを願っていた人なんですね。



⚫︎鳥を撮る男


ジョバンニは最初、なんとなく見た目の悪い鳥を撮る男を見下していました。そして自分の大切な親友であるカムパネルラとの二人の時間を、見ず知らずの奇妙な男に邪魔されたくないという気持ちがありました。

しかし、その男がくれた雁(がん)のお菓子を食べると、それはチョコレートよりも美味しく、男がただひたむきに、他人のために命がけで働いている純粋な存在だと気づきます。

そして男が本当に姿を消した(天上界へ行った)とき、ジョバンニは男の孤独や切なさを知って、自分が相手を邪魔だと思って拒絶していたことを後悔します。


実は、宮沢賢治は裕福な実家に罪悪感を持っていました。実家に金を借りにくる貧しい農民や、周囲の労働者に対して、心のどこかで「自分とは違う世界の泥臭い人々だ」と一瞬でも距離を置いてしまったことがあったのかもしれません。



⚫︎ 宮沢賢治

1896年8月27日〜1933年9月21日


岩手の過酷な風土のなかで農業指導に身を捧げ、すべての人の本当の幸せを生涯追い求め続けました。独自の世界観を表現した日本を代表する詩人で童話作家です。



宮沢賢治の半生を描いた映画です↓