2013年 アメリカ映画
監督 ブライアン・ヘルゲランド
脚本 ブライアン・ヘルゲランド
出演 チャドウィック・ボーズマン
ハリソン・フォード
近代メジャーリーグ初の黒人選手ジャッキー・ロビンソンの実話を描いた伝記ドラマです。
⚫︎あらすじ
1947年、ブルックリン・ドジャースのGMブランチ・リッキーは、周囲の猛反対を押し切り、黒人リーグの選手だったジャッキー・ロビンソンとメジャー契約を結びます。
当時メジャーリーグには白人選手しかいなく、激しい人種差別が当然だとされる時代でした。
メジャーリーグに昇格したジャッキーを待っていたのは、観客やマスコミ、そして対戦相手だけでなく、味方のチームメイトからも浴びせられる激しい罵声や容赦ない嫌がらせでした。
しかし、リッキーの「やり返さない勇気を持て」という言葉を胸に、ジャッキーは怒りを抑え、ただひたすら紳士的に、そして圧倒的なプレーで実力を証明し続けます。
どんなに差別されても自制心を貫き、ひたむきに野球に向き合う彼の姿は、次第にチームメイトの心を動かし、敵チームの態度や社会全体の意識さえも変えていきます。
人種の壁を打ち破り、アメリカ中に希望を与えたジャッキー・ロビンソンの背番号「42」は、現在メジャーリーグ全球団共通の永久欠番となっています。
⚫︎感想
メジャーリーグ初の黒人選手がジャッキー・ロビンソンでした。
ブルックリン・ドジャースのGMブランチ・リッキーは先見の目と優れた商才を持っていた人で、黒人選手の優れた能力を見抜き、今後増えるであろう黒人観客の増員も見越していたんです。
確かにジャッキー・ロビンソンは優れた野球選手でしたが、人種差別を受け、チームメイトからの無視や、行く先々での酷い差別を受けます。
どんなに酷い罵声を浴びせられても我慢し続けるジャッキー…、「あぁ、これはガンジーと同じやり方なんだな」と思いましたねぇ。
GMブランチ・リッキーとジャッキー
⚫︎ドジャースはロサンゼルスへ
この映画のドジャースはブルックリンからロサンゼルスへ本拠地を変えて、現在は大谷翔平選手が二刀流で活躍しています。
きっと日本人がメジャーで活躍できるのもジャッキー・ロビンソンが人種差別のドアを開けてくれたからなんですね。
ジャッキーの背番号42は永久欠番となり、4月15日のジャッキー・ロビンソン・デーには大リーグ選手全員が42番のユニフォームを着てプレイします。
⚫︎敵チームの酷いヤジ
アメリカで生まれた野球のヤジって、ちょっと野蛮だなと感じました。他のスポーツではあれほどの罵倒はあまり聞いたことがありません。あのフィールズの監督の人種差別的なヤジは聞くに耐えられないものでした。それでもジャッキーは我慢して、我慢して、我慢して試合を続けました。
するとジャッキーをかばうドジャースの選手が出てきたんです。それは世の中が変化していく瞬間でした。
⚫︎GMはメソジスト
ドジャースGMブランチ・リッキーも、ジャッキー・ロビンソンもメゾジストでした。メゾジストとはキリスト教の中の一派で、神を信じるだけでなく、「実際の行動(善行)で愛を示すこと」を極めて重視します。
そのため、昔から貧困救済、教育の普及、奴隷制の反対といった社会問題や人道支援にとても積極的です。メソジストは教育活動にも非常に熱心で、世界中に学校を作りました。日本にも青山学院、関西学院、津田熟などを作りました。

