羅生門
1950年 日本映画
監督 黒澤明
脚本 黒澤明
原作 芥川龍之介「藪の中」
出演 三船敏郎
森雅之
京マチ子
志村喬
千秋実
この映画がベネチアでトップに輝き、日本映画を世界に広め、「世界のクロサワ」と呼ばれるようになりました。
⚫︎あらすじ
激しい雨が降る羅生門の下で、杣売り(そまうり)*と旅法師*が「さっぱり分からない」と頭を抱えていた
*木ヘンに山と書いて「そま」、杣人とは木材業者(きこり)のこと
*旅法師は寺に定住せず修行しながら説法するお坊さんのこと
二人は、山中で見つかった侍の殺人事件の裁判(検非違使の尋問)に立ち会ってきたばかりだった
そこへ雨宿りに来た下人*が「どうしたんだ、俺に話してみな」と聞かれ、渋々話をする
*下人は侍などの身の回りの世話をして食事をもらう奉公人
杣売りは、裁判では事件に関わった3人がそれぞれ異なる証言をしていたと話しだす
多襄丸*(三船敏郎)
夫と堂々と決闘し、実力で彼を斬り殺したと豪語する
*多襄丸とは名の知れた盗賊
侍の妻(京マチ子)
多襄丸に辱められた後、夫の冷たい視線に耐えかね混乱して夫を短刀で殺してしまったと泣き崩れる
侍(巫女に降りた侍の霊)
抱かれる妻の至福の顔を見て、裏切られた絶望から自ら命を絶ったと言う
3人の言い分は「自分を美化し、都合のいい嘘をつく」ため、真っ向から食い違っていた
誰を信じてよいか分からず、人間の浅ましさに絶望する一同
しかし最後に、実は事件を目撃していた杣売りが、自身の都合で隠していた「第4の目撃談」を語り始める
それは3人の誇り高い証言とは異なり、妻が「斬り合って買った方の女になる」と言われた男たちは、人を斬ったことが無いもの同士で醜く刀を振り、たまたま多襄丸の刀が当たったという情けない真実だったのだ
そのとき羅生門の裏で赤児の泣き声がして、下人は赤児の身の回りにある物を盗み取った
杣売りが「何と酷いことをする!」
すると下人は杣売りに「お前だって妻の持っていた美しい短刀を盗んだんだろう!」と言う
すると杣売りは、その赤ん坊を引き取って育てると言う
その善意に触れた旅法師は、失いかけた人間への信頼を取り戻し、雨上がりの空のもとへ歩き出す
⚫︎感想
芥川龍之介の「藪の中」という小説を黒澤明が芥川龍之介の「羅生門」と掛け合わせで映画化した作品です。要するに芥川龍之介の「羅生門」とは別の内容なんです。
芥川龍之介の「藪の中」は、多襄丸が侍の妻を犯し、夫の侍は多襄丸に切られてしまいますが、それぞれが自分の都合が良いように証言して、真相は藪の中という話です。
多襄丸→「夫と立派に決闘して勝った」
妻→「犯された私を蔑む夫を刺した」
夫→「妻を助けられず自ら死を選んだ」
この物語から“藪の中”という言葉が生まれたそうです。
本来の芥川龍之介の「羅生門」は、下人が雨宿りのために羅生門の2階へ登ると、そこには死体から髪の毛をむしり取っている老婆がいました。
下人は老婆の悪行を激しく非難しますが、老婆から「髪を売って金にする、生きるために仕方なくやっている」と言い訳をされます。
それを聞いた下人は、自分も生きるために悪に手を染めることを決意し、老婆の着物を剥ぎ取ってしまう。という物語です。
黒澤明は戦後5年後の混沌とした世の中に、人としての善を訴えた作品なんですね。
⚫︎羅生門と時代背景
古代日本の都である平城京や平安京の南側に建てられた巨大な正門のことで本来は羅城門(らじょうもん)」と書きました。
平安時代末期に都が荒廃すると、この門も修理されずボロボロになりました。やがて死体が遺棄されたり、盗賊が住み着いたりする不気味な場所となり、いつしか羅生門(らしょうもん)という当て字で呼ばれるようになりました。
⚫︎羅生門効果
映画『羅生門』は、1つの殺人事件について登場人物全員がバラバラの主張をしたことから、羅生門効果という心理学、裁判、ビジネス、映画界などで使われる世界的な学術用語・比喩表現となりました。
プロジェクトが決裂した際、リーダーは「メンバーの能力不足が原因だ」と言い、メンバーは「リーダーの指示が不適切だったからだ」と言い、クライアントは「両方のコミュニケーション不足だ」と主張する。全員が「自分が正しい」と信じているため、客観的なデータがないと本当の敗因が見えなくなります。
映画「羅生門」は「人は自分に都合が良いように言うもんだ」と言う教えなんですね。
⚫︎海外で評価「世界のクロサワ」
実は「羅生門」は日本ではあまり受けなかったそうです。当時の日本人は芥川龍之介の藪の中も羅生門も知っている人が多かったので、映画の意味が良く分からない人もいたようです。
ですがたまたま映画を見たイタリア人がベネチア映画祭に出して世界一に輝いたそうです。この羅生門が「日本映画」を世界に広め、ハリウッドにも影響を与えることになります。
実は私も芥川龍之介の羅生門とは違う内容だったので、暗くて意味がわからない映画だと思ってしまいました。でも、世界の人たちは「うーん、人はみんな自分に都合の良いように言うもんだ」と、納得したんでしょうねぇ…。
