炎上
1958年 日本映画
監督 市川崑(いちかわこん)
脚本 和田夏十(わだなっと)
原作 三島由紀夫「金閣寺」
出演 市川雷蔵
仲代達也
⚫︎あらすじ
溝口吾市は、吃音に悩む青年で、父から「この世で最も美しいもの」と教えられた京都の驟閣寺(しゅうかくじ)に憧れ、徒弟として住み込むことになる
しかし、戦後の混乱により、寺は観光地と化し、住職の私生活も堕落していく様子に、溝口は失望と怒りを募らせていく
さらに、母の過去の不貞や、周囲の人々の偽善に直面し、彼の心は次第に追い詰められていく
やがて彼は、驟閣の美が自らの苦悩の源であると感じ、ついに寺に火を放つ
⚫︎感想
吃音を持つ青年は「何だどもりか⁈」と周囲から馬鹿にされていました。
その青年が京都の立派な寺の修行僧になりますが、そこに建つ驟閣寺(しゅうかくじ)に火をつけて焼いてしまいます。驟閣寺とは金閣寺のことです。
白黒映像で、終始暗い雰囲気の映画でしたが、三島由紀夫の「金閣寺」という本の内容がほんの少しだけ理解することが出来ました。
1950年(昭和25年)に国宝の金閣寺はその寺の修行僧による放火で焼失してしまいました。1945年が終戦ですから、その5年後に事件は起きてしまったんです。
私も京都に行ったときに金閣寺を見ましたが、それは再建された新しい金閣寺だったんですね。
三島由紀夫は金閣寺の消失事件を知り、創作意欲が湧いたそうです。主人公の美への執着を書きたかったそうです。やっぱり作家は着目点が違いますね。
映画での溝口吾市の本名は林養賢です。林養賢は警察で「金閣を焼いたのは、私が醜いので、美に対する嫉妬で焼いたのです」と供述したそうです。
金閣寺の住職になって、一生を金閣寺のそばで暮らそうと考えていた養賢でしたが、成績が落ち、住職から説教をされると「こんご金閣の住職になって金閣を支配できないくらいなら金閣と共に死のう」と考えるようになったとも供述しています。
三島由紀夫は「美に対する嫉妬」に注目したそうです。そして「絶対的なものへの嫉妬」「絶対性を滅ぼすこと」と考えます。
絶対者=人生を困難にならしむるもの、だったら、それを滅ぼぜばいい…となります。金閣の美がいつしか三島の中で滅ぼすべき絶対性と置きかわったそうです。
戦争によって全てのものが滅びるはずだった。しかし戦後の日本の人々は、何も変わっていないかのように生きている。
三島は現実と自分の間に隔たりがあって、生きているという実感が持てない。それが戦時中の生きるか死ぬかのときに一旦解消するですが、戦後復興のときに、どうしようもない退屈さ、そして自分自身がそこに入りこめない苦しみがあったようです。
それを金閣を焼くという行為に仮託(他のことにかこつける)するというか、一回カタストロフ(破壊)が起こって、自分が再生するということに賭けたんだそうです。
なんと金閣寺の中には、金閣寺を焼いた林養賢と、養賢の母の位牌が祀ってあるそうです。弟子に金閣を焼かれた住職、村上慈海が戒名を付けてくれたそうです。
養賢は住職の村上慈海に「なぜ生きるのか」と問うと、住職は「生きることは無意味なんだ」と答えたそうです。
なんで生きているのかと考えると、生まれちゃったもんで生きてるんですよ。そこには意味が欲しいですけど、本来は生きることに意味なんか無いんです。そのことが養賢にはすごくショックだったんじゃないか…と二人を知る僧侶は話していました。
いやぁ〜「炎上」、とっても深い映画でした。
⚫︎三島由紀夫(1925〜1970)
日本を代表する戦後の作家・思想家・劇作家です。本名は平岡公威(ひらおか きみたけ)。繊細で美しい文体と哲学的なテーマを持ち、代表作には『仮面の告白』『金閣寺』『潮騒』、遺作となった四部作『豊饒の海』などがあります。
彼は「美と死」「精神と肉体」「伝統と近代」といった対立する価値観を深く掘り下げ、多くの作品で表現しました。
また、肉体鍛錬や日本文化への強い愛着から、後年は政治的にも行動を起こし、1970年に自衛隊駐屯地で割腹自殺を遂げました。
その劇的な最期は「三島事件」として知られ、今なお多くの議論を呼んでいます。
文学・思想・美学の面で、国内外に大きな影響を与えた異才の表現者です。
三島は、戦後の日本が経済優先、精神軽視の社会になっていることに強い危機感を持っていました。特に、天皇や武士道や武士道精神の軽視、日本人の「美しく死ぬ覚悟」の喪失を嘆いていたそうです。
三島由紀夫の生きた時代には、まだ武士道が残っていたんですね…

