天と地と
1990年 日本映画
監督 角川春樹
脚本 鎌田敏夫
出演 榎木孝明(えのきたかあき)
津川雅彦
浅野温子
「戦の天才」や「義の人」として知られる越後の上杉謙信は、信心深く、自らを毘沙門天の化身と信じていました。
⚫︎あらすじ
上杉謙信(榎木孝明)は越後国の守護代、長尾為景の三男として生まれるも、実子では無いと疑られ春日山城から追い払われてしまう。
越後の有力者、宇佐美定行は軍師として謙信を支えた。謙信は宇佐美定行の娘、乃美(なみ:浅野温子)に心を惹かれるが思いを伝えることは出来なかった。
越後で内乱が起きたときに初陣すると、華々しく勝って軍神と呼ばれるようになる。
それを面白く思わない兄の上杉晴景は弟の謙信を暗殺しようとする。やむなく謙信は兄の軍を破り、二十歳で越後国の守護代となる。
父に疎まれ、兄と戦った謙信は「諸行無常の世界の中で、束の間の富や栄誉を手にしたところで何になる」といった激しい虚無感に悩まされていた。そして毘沙門天を熱心に信仰するようになる。
一方、甲斐の武田信玄(津川雅彦)は勢力を広げていた。側室で女騎馬隊を率いる八重、軍師・山本勘助などを連れて北信濃を狙っていた。
(女武者っていうのがいるんだな)
そこで武器商人が信玄に言います。
「越後の虎と言われる上杉謙信様は
鉄砲を十丁だけお買いになりました。
名も無き足軽が自らを危険にさらすこと
も無く、遠くから人の命を奪う鉄砲など、
戦いの成道では無いと」
(武士道だな)
甲斐の武田信玄の調略により、越後の家臣が謀反の旗をひるがえした。上杉謙信は、謀反人の妻子を捕らえたが殺害命令を出すことはしなかった。
(義を重んじる)
その後、上杉謙信は城を出て仏教の悟りを開くべく旅に出てしまう。
家臣は「そんな心の弱さで乱世を渡ることはできない」と説得をして連れ戻すのだった。
そして第一次川中島の戦いが始まる。最初に川を渡るための橋を筏でつくり、騎馬隊が渡っていく。
(馬が撃たれて川に落ち流されていく、これって動物愛護から今後は出来なくなる撮影かもしれないな、でもCGが生まれるのか)
枇杷島(びわじま)城主の宇佐美定行が裏切ったとの知らせがくる。そして一騎打ちになり宇佐美定行を撃ち取る。
その後またしても川中島の戦いとなる。武田信玄は隊を三方に分け、後ろから攻めようとしていた。しかし上杉謙信は背後を突かれる前に霧に隠れて既に前進していた…
⚫︎感想
「天と地と」は、渡辺謙の急性白血病によって、榎木孝明が急遽代役を務め話題になりました。
主人公の上杉謙信は義にあつく、むやみな殺生はしない人でした。
ただ、優しいだけでは生きられない戦国の世を生き抜くため、徐々に成長していったんですね。
戦国時代に越後(新潟)を治めていた武将が上杉謙信です。甲斐(山梨)を治めていた武田信玄は、全国統一を狙っていたため信濃(長野)にも攻めて来ていたのです。そして川中島では合戦が五回ほど起きたそうです。
上杉謙信の名前は
虎千代→景虎→政虎→輝虎→謙信と
昔は名前が変わりました。
長尾家は代々弟が兄を超えないように弟に景の字をつけたそうです。
その後、関東管領山内上杉家となり、長尾から上杉と名乗るようになります。
出世魚じゃないけど名は体を表すですね。
越後の上杉謙信の後を継いだ上杉景勝は、全国統一を果たした豊臣秀吉の時代になると会津に移らされ120万石になります。しかし関ヶ原の戦いで豊臣側に付いていたため、徳川家康の時代になると米澤30万石にされてしまいます。さらにその後15万石に減らされてしまい破綻寸前になります。
十代目の上杉鷹山は質素倹約、学問の奨励、殖産興業に率先垂範で取り組み、必死の覚悟で一生をかけて藩復興に当たります。
明治維新後、米澤藩上杉家は華族に列し、伯爵位に叙されました。 米澤上杉家の十七代現当主である上杉邦憲氏は宇宙工学博士で宇宙航空研究開発機構(JAXA)名誉教授だそうです。
上杉家ってすごいですね!