『やっかいな自尊心』


社会的な動物は地位をめぐってはげしい競争をしている。いくらでも生産できる精子と、月に一度しかつくれない卵子のコストの違いによって、オスが競争して、メスが選択する


スクールカーストでは、地位の高い女子はカースト上位の男子とつき合う。


安定したヒエラルキーをつくるには、誰が誰の上位かを決めなくてはならない。これがないと組織が機能しないため、軍隊や会社では階級肩書が必要になる。


肩書のない時に使われるのがマウンティングだ。マウンティングは相手に馬乗りになった方が優位、マウントされた方が劣位になる。


そのためヒトの脳はマウントすることを報酬、マウントされることを損失と感じるように進化した。



『差別と偏見』


アリには互いのアイデンティティ(帰属)を表わす特有のしるしがある。それが匂いだ。同じ匂いとは協調し、異なる匂いは殺戮するようプログラムされている。


人は個性を見分けられる脳のスペックが50人だ。それが学校の1クラスの上限になっている。


なのに人は昔から数千人の社会を構成していた。これは脳の限界を超えているので味方か敵か判断するしるしを言葉(方言)や文化(刺青、服装)を持つようになった。



⚫︎ピグマリオン効果は存在しない?


オードリー・ヘップ・バーンの映画「マイ・フェア・レディ」は言語学の教授が、花売りの粗野で下品な下町言葉を矯正して、上流階級のレディとして舞踏会に出せるか賭けをする。原作はバーナード・ショーの戯曲「ピグマリオン」でイギリスの階級社会を風刺しつつ、教育の可能性を描いている。


社会心理学のピグマリオン効果は戯曲ではなくギリシャ神話から名付けられた。


子どもの成績が悪いのは遺伝でも、親の子育てでもなく、教師の期待が低いからだ。しかしこの理論は教師にとって都合が悪いためピグマリオン効果は批判にさらされた。


ピグマリオン効果を発見したローゼンタールは「賢いラット」と「鈍いラット」を学生に世話をさせた。すると「賢いラット」は迷路課題で「鈍いラット」を圧倒した。実際には同じ能力のラットだが「賢いラット」を担当した学生がより厚く世話をしたからだとされる。


自己啓発本では「強く願えば夢はかなう」と頻繁に登場する。これが真理なのは、そもそも願わなければ夢は実現化しないからだ。子どもの頃に願わなければ大谷翔平も藤井聡太もあらわれなかったであろう。


でもこれは「強く願えば夢はかなう」と証明されたわけではない。特殊な成功例から結論を導くのが「サバイバルバイアス」で、たまたま生き残った者だけに注目して、死んでしまった多くの者たちを無視している。


宝くじは典型的なサバイバルバイアスで、夢をかなえた者はたしかにいるが、その確率は交通事故で死亡するよりはるかに低い。世界でもっとも割の悪いギャンブルで、経済学者は「愚か者に課せられた税金」と呼ぶ。



⚫︎ベンツに乗ると一時停止しなくなる


サンフランシスコでの実験で、最下層の車のほとんどは横断歩道で止まり歩行者を優先したが、高級車の半分は無視して自分の都合を優先させた。


貧しい人は優しく、金持ちは傲慢だという社会通念がある。金持ちは「合理的経済人」そのもの、冷静にリスクとリターンを計算する者が金持ちになるのだ。


子どもを育てるのにも貧しいと1人では生きていけず、他者や共同体に依存するしかない。だから否応なしに他人を信頼するようになる。なぜなら信頼してくれない人を誰も助けようとはしないから。


逆にお金があれば信頼がなくても「お金ですませる」これは自由で快適なのだ。お金があれば信頼などされなくても生きていけるのだ。



⚫︎道徳の貯金ができると差別的になる


食べすぎたら「ダイエットする」、しかし、きびしいダイエット後には暴飲暴食の反動がくる。人は無意識に損か得かで判断して帳尻を合わせている。仕事が忙しいと「自分へのご褒美」を考える。


この帳尻合わせは道徳にもある。善はプラス、悪はマイナスだ。これが道徳の貯金箱だ。しかも他人から貯金残高は見えないので、自分が納得すればいいのだ。


世の中にはきれいごとを並べるひとがいる。一般にリベラルと総称されるこの人たちがうさんくさいのは、公の言動で道徳の貯金箱がプラスになっていることで、帳尻合わせのために、普段は不愉快な言動をするからかもしれない。きれいごとは人を差別的にするようだ。



⚫︎偏見をもつなという教育が偏見になる


女性を2つのグループに分け「チョコレートについて考えてください」と、「チョコレートのことは考えないでください」と言ってその後チョコレートを食べさせると、甘いお菓子を考えまいとした女性は、そうでない女性の2倍も食べた。これは「皮肉なリバウンド効果」と呼ばれている。


これは「シロクマ効果」と言われ、そのことを考えるなと言われると、より考えてしまう。


そのため「偏見を持つな」と言われると無意識に偏見を持ってしまう



⚫︎共同体のあたたかさは排除から生まれる


中国のツアーを1人で参加していた、レストランでランチするときには見よう見まねで何とかするしかない。ところが「あなたはこちらのテーブル」とグループ分けされたとたんに、話せない自分を誰かが気遣って注文してくれたり、世話してくれたりする。


人はグループ分けされたとたんに、内集団を作り、外集団よりもずっと親切に振る舞う。これを「身内びいき」という。


この内集団が成立するには、外集団が存在しなければならない。家族や地域、学校や会社、国家や民族などの共同体のあたたかさは共同体でない者を排除することから生じる。すべての共同体主義は排外主義の一形態なのだ。


チンパンジーは群れで暮らし、知らない相手を攻撃する。これは群れをつくる動物に共通の特徴で、スターバックスで他人と鉢合わせになっても殺し合いにならないのは自然界では特殊なことなのだ。


チンパンジーは他の群れと遭遇すると、オスと乳児を殺し、メスを群に加える。だとしたらサピエンスも同様にユーラシア大陸で出会った先住民の男を殺し、女を犯したのではないか。弱い集団が強い集団に絶滅させられ、その遺伝子だけが残ったのだろう。


ヤクザの抗争から宗教戦争、戦国時代の合戦まで、殺し合いがもっとも残忍なのは近親憎悪だ。ロシアとウクライナ、人類はいつになっても同じ愚行を繰り返すのかもしれない。



『すべての記憶は偽物である』


近年の脳科学のもっとも大きな発見は、脳には記憶が保存されていないことだ。


脳はビデオカメラのように、起きたことを正確に記録し、いつでも再生できるようにしているわけではない。なんらかの刺激を受けたとき、そのつど記憶が新たに想像され、再構成される。記憶は思い出すたびに書き換えられているのだ


自宅でレイプされた女性が「あの男に間違いない」と訴えて向かいに住む黒人男性が逮捕された。7年後にDNA鑑定すると、かれは冤罪で釈放された。


これは担当刑事が見せた容疑者リストの中にあった顔と、向かいに住む黒人を見たときに「写真で見た顔」を「レイプされた男の顔」と記憶が書き換えられていたのだ。


それを「虚偽記憶」というと本人は激しく反発する。幼児期に起きた性暴力のような抑圧された記憶は、強いトラウマとなり宇宙人に誘拐されたと証言したりする。