のぼうの城
2012年 日本映画
監督 犬童一心 樋口真嗣
脚本 和田竜(わだ りょう)
原作 和田竜
出演 野村萬斎
佐藤浩市
榮倉奈々
埼玉県行田市に実在した忍城を石田三成が水責めにした史実の映画化です。2011年公開予定でしたが東日本大地震の津波被害に配慮して翌年公開になりました。
⚫︎あらすじ
豊臣秀吉は全国統一のため、残る関東の北条氏を打つため小田原城攻めをしようとしていた。
抵抗する北条氏政は関東にある北条氏ゆかりの支城にも豊臣軍を迎え打てと号令を掛けていた。
そんな支城のひとつ忍城の成田氏長は、さっそく兵を連れて小田原城に入るも、裏では豊臣軍への降伏を内通していた。
しかし、後を任された忍城の成田長親は豊臣軍と戦うことを選択するのだった。
豊臣秀吉から忍城攻めを命じられた石田三成は二万人の軍勢に対して三千人の戦いと侮っていたが、なかなか落ちないために水責めにすることを決定する。
石田三成軍は二十八キロにも及ぶ石田堤を建設して、利根川の水を引き込んだ。
成田長親は石田軍の前に小舟を出し田楽踊りを踊る。この挑発に石田軍が発砲し成田長親は撃たれ船から落ちてしまうのだった。
皆が慕う“のぼう様”が撃たれたと知った領民たちは、外から堤を壊して水抜きをして助けるのだった。
忍城から水が引いたときに小田原城が陥落したという報告が三成にはいる…
⚫︎感想
関東にあった北条氏は秀吉軍に攻められて、唯一残ったのが“のぼうの城”だけだったんですね。
“のぼう”とは“でくのぼう”のこと。
“でくのぼう”とは“木偶の坊”と書きます。
その昔、人形のことを“偶”(ぐう)と言いました。
土で作った人形を“土偶”「でいぐう」と言い、「でく」に変化していきました。
人形の素材が、土から木に変化した木の人形も木偶「でく」と呼ばれ、無能な人の例えとなりました。
さすがに城主さまを「木偶の坊」とは呼べないので、親しみをこめて“のぼう様”と呼んだんですね。
石田三成軍の前で、忍城城主の成田長親が田楽踊りをしたシーンは有名になりました。野村萬斎さんが踊るわけですから、本当に上手に踊ります。
石田軍が成田長親を鉄砲で撃ったのを見た領民たちは怒って堤を決壊させるんですね。
この田楽踊りを踊ったかどうかは定かではないそうですが、領民に愛されていた領主だったんでしょうね。
今でも埼玉県行田市に現存する忍城跡や石田堤をいつか見に行ってみたいと思います。
そして、2010年にテレビ放送された『マザー』の、芦田愛菜ちゃんと尾野真千子さんが映画でも親子役で出演しています。
今回は尾野真千子さんがしっかりと愛菜ちゃんを抱きしめていて安心しました。
⚫︎和田竜(わだ りょう)
1969年、大阪生まれの日本の小説家です。坂本龍馬の竜の名に興味を持ち、司馬遼太郎の『龍馬が行く』を読み時代小説にはまったそうです。著書には『忍びの国』『村上海賊の娘』などがあります。
⚫︎忍城(おしじょう)
埼玉県行田市に実在した城です。室町時代に成田氏により築城されました。
1559年上杉謙信が関東を攻めたときには成田氏も一緒に小田原城を攻めているそうです。
それから30年後の1590年に、成田氏は小田原城に入り豊臣秀吉を迎え打つんですね。
⚫︎田楽踊り(でんがくおどり)
田楽踊りとは、重労働の田植えの前に豊作を祈り踊るものでした。それが徐々に人気の芸能となりました。現在でも「秋保の田植踊」(宮城県)と「那智の田楽」(和歌山県)は無形文化遺産に登録されているそうです。
やがて田楽味噌、そして御田(おでん)とつながり目で楽しむものから、味わう楽しみに変化していったようです。


