アメリカが出来るまで
ヨーロッパから新大陸に渡った人たちがアメリカという国をつくるまでの期間は、だいたい日本の江戸時代の始まりから終わりぐらいの期間と同じです。
新大陸が見つかるまではヨーロッパには、トマトもジャガイモもタバコもありませんでした。だからイタリア料理のトマトも新大陸が発見されるまでは無かったんです。
ヨーロッパの国々はお茶や香辛料を求めてアジアと交易をしたいけど、途中には強大なイスラム教の国があったので、仕方なく大西洋に出て遠回りしてアジアに向かって行きました。
そのころの海のイメージは、まだ端っこが滝のようになっていて、怪物がウヨウヨ泳いでいるような世界観でした。だから貴族たちは冒険には行かず、地位の低い人たちが大海原に出ていきました。
そのうちにスペインの援助で航海に出たコロンブスがアメリカ沿岸にある島を発見します。
正確に言えばその後アメリゴ・ベスプッチが南米大陸に到着してアメリカの名がつきました。
そのため最初にスペインが南米大陸に進出しました。南米にあったアステカとインカを滅ぼしてニュースペインをつくり、金銀財宝も見つけてめちゃくちゃ儲かります。
スペインやポルトガルに遅れてフランスやイギリスも北米大陸に渡ります。1524年にフランスは現在のカナダのあたりに進出してニューフランスと宣言します。
イギリスは1584年ごろにエリザベス女王にちなんだバージニア植民地に入植します。そこにジェームズタウンという街を創りアメリカの原型になっていきます。
そのときに原住民に捕まったジョン・スミスを部族長の娘のポカホンタスが助けてくれたという美談が残っていますがたぶんウソです。
そのときにポカホンタスのいるネイティブ・アメリカンからタバコの栽培を教わり植民地から輸出が出来るようにります。
このように南米のように金銀財宝が無かったため、北米では産業を作り出しました。そのことがのちに北米だけが発展することに繋がっていきます。
イギリス植民地の人々は、このタバコの輸出によって産業を生み出して13の植民地をつくっていきます。
最初にたどり着いた人たちがつくったバージニア植民地、ピルグリムファーザーズたちがつくったニューイングランド植民地、オランダ植民地を奪い取ったニューヨーク植民地という3つのグループが出来ていきます。
ピルグリムファーザーズという人たちはどうしてアメリカに渡ったかという説明をします。
当時のイギリス国王が王妃と離婚したくなってカトリックから抜けて、新宗教のイギリス国教会を作ってしまいます。
そのためイギリス国教会は、当時カトリックから分裂していたカルバン派(プロテスタント)を擁護するようになります。
しかし、その後イギリスは国王が変わるたびカトリック側になったり、イギリス国教会側(正教徒=ピューリタン)になったりしました。
そのためイギリス国王を信用する人たちと信用できない人たちが現れて、信用できない人たちがイギリスを離れピルグリムファーザーズとして新大陸に渡ります。(ピルグリム=巡礼始祖)
そしてその地に暮らすネイティブアメリカンのマサチューセッツ族に農業を教えてもらったり、略奪したりしながら生き延びていきます。
そして最後はニューヨーク植民地です。そこには最初オランダが植民してニューネーデルランドが出来ていました。
イギリスの植民地であるバージニア植民地とニューイングランド植民地の間にあったため、統一したいイギリスが攻めてニューヨーク植民地とします。
その後イギリス植民地の人々はフランス植民地の人々と領地をめぐりフレンチインディアン戦争になり、イギリス側はフランス側を追い出すことに成功します。
しかし、こんどはイギリス本国から重い課税をされたので本国イギリスから独立しようということになり独立戦争をします。
その結果、イギリスに勝って新大陸に世界初の王様も貴族もいない平民たちが集まって創った自由の国アメリカが出来ました。
ヨーロッパでは身分差があって貴族階級しか持てなかった銃が、皆が平等なアメリカでは誰もが持てるようになりました。
当初のアメリカは西部劇の世界観です。
街を作っていく過程で悪いヤツも当然います。まだ警察組織も出来てないときには保安官がいて悪いヤツを捕まえていました。
保安官も元々は相当なワルや腕っぷしの強い人でないとなれないし、悪いヤツには懸賞金が掛けられて、街の人たちも捕まえたら懸賞金をもらうこともできました。この懸賞金文化はアメリカ独自のものです。
娯楽は酒場ぐらいしか無く、酒場の2階にはよく娼婦がいました。街には他に何も無かったので病院や葬儀なども全て酒場で行われていました。
その後カリフォルニアの川で砂金が見つかりゴールドラッシュになり10万人が集まりました。
実は金自体はさほど見つかりませんでしたが人が集まったので経済が発展してリーバイスなどの産業が出来ました。
社会システムがめちゃくちゃだったから皆んなが皆んな欲望のままに生きていた感じでした。酒を飲んで強いヤツが銃をぶっ放すという感じがアメリカでした。
最初に南部にあるバージニア植民地で農業を始めたとき、まだあまり農機具も無く、とにかく労働力不足でした。
そのため最初はネイティブ・アメリカンを奴隷にしました。しかし、彼らは狩猟民族のため農業は下手だし、よく逃げ出してしまいました。
仕方なくイギリス本国の犯罪者やお金の無い人に焼印を押して白人奴隷(白人年期奉公人)として使うようになります。
しかし、白人は怠けるし7年限定の奴隷だったため教育しても投資対効果が低かったんです。
それに比べて黒人は、農業が上手いし一生涯奴隷だったので、買う時に少し高くても投資対効果が高かったのです。
酷い生活をさせているので維持費も安く、黒人の子が生まれると無料で奴隷が増えることになりました。
白人たちは黒人奴隷を人間ではなく家畜として扱いました。それに黒人奴隷はもし逃げたとしても色が違うのですぐに見つけることができました。
奴隷がいないと経済が回らない南部は、資本主義が発達してきた北部との差が徐々に生じていきます。
同じアメリカの中で、北部の資本主義的な概念の国家と、南部の旧態依然の概念の国家が対立いくことになります。
アメリカの州はそれぞれ独立していて、それぞれの州が奴隷制を認めるか認めないかで、人権重視の北部寄りと、奴隷制維持の南部寄りとで対立が深まって行きます。
南部の白人からすると、北部に従うと奴隷に給料は払わなければいけないし、奴隷と同じテーブルで食事なんかできないというわけです。
南部はついに独立してCSAという国をつくってしまいました。その結果、国家を統一するために南北戦争になります。
その結果、北部が勝利して現在のアメリカができあがりました。
⚫︎感想
いやぁ、アメリカのことが少しだけわかりました。何で“自由の国”なのか?、何で銃を皆んなが持っているのか?、もとはヨーロッパから渡って来て、ネイティブ・アメリカンにタバコの作り方を教わって産業を作り出したんですね。
そうしてネイティブ・アメリカンに教わったのにもかかわらず、殺害もしたりして白人たちの植民地を広げていったんですね。
そしてフランスなど他国の植民地人と戦争して、本国イギリスからの独立を勝ち取り、奴隷制の意見対立による南北戦争もしてやっとアメリカの原型が出来たんですね。
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