ガンジー

1982年 イギリス・インド合作


映画を見るまではガンジーってインドのえらいお坊さんかな?くらいに思ってました。


ところが映画が始まると、最初は髪の毛もフサフサだし、インドの弁護士だったんですね。


しかも非暴力、非協力運動によってイギリスからインドを独立に導いた指導者です。


マハトマ・ガンジーのマハトマとは『偉大なる魂』という意味です。


本名はモーハンダース・カラムチャンド・ガーンディーです。


マハトマ・ガンジーのほうが覚えやすいですね!



⚫︎あらすじ


1893年ガンジーは南アフリカの列車内で、人種差別を受け、インド人ということで列車から引きずり降ろされてしまいます。


弁護士だったガンジーは、南アフリカでの人種差別に納得いかないとして、インド人だけが持たなければいけない身分証を焼くという抗議運動を起こします。


その行動でガンジーは警察から何度も暴行され逮捕されてしまいます。


しかし、無抵抗だったガンジーは釈放されます。


ガンジーは差別的な南アフリカに人種差別も宗教差別も無いアーシュラムという共同社会を創ります。


そこでは皆んなが平等で身分も仕事の貴賤*も無いと、ガンジーの妻にもトイレ掃除をするように言います。(インドではトイレ掃除は最下層身分の人がする仕事です)


*貴賤=貴い(とおとい)ことと、賤しい(いやしい)こと。地位や身分の高いことと低いこと



そしてアーシュラムに集まった人たちに「白人に何をされても屈服さえしなければ自尊心*は失わない」と訴えます。


*自尊心=自信を持ち、自分の存在を尊いと感じる心


ようするに、ガンジーたちは抵抗もしないが従いもしないのです。


またも刑務所送りになったガンジーですが、釈放されて1915年インドのムンバイに帰国します。


帰国したときの服装はスーツ姿ではなく、南アフリカの刑務所の仲間と同じ白い布をまとっただけの格好でした。


インドでは『大英帝国の鼻を明かした英雄』として盛大な歓迎を受けます。


そのころ英国は、インドを宗教や地域で分裂させて弱らそうとしていました。


ヒンズー教とイスラム教、それぞれの権力が自分たち側にガンジーを引き込み政治利用しようとしていました。


ガンジーは政治には付かず「まずは勉強しないと」と言って、本当のインドを知るためにインド国内の旅に出ます。


地方を見て歩くと英国人の地主に搾取され、食べることも出来ないインド人たちの苦しみを知ります。


ガンジーは英国人の地主に対して抗議しましたが、またも逮捕されて投獄されてしまいます。


しかしガンジーによって火のついたインド人たちの怒りを止めることは出来ずに地主はガンジーの要求を聞き入れます。


その後ガンジーはインド全体でのストライキを行います。


しかし暴動が起こり英国人も数名死者が出てしまいます。


ガンジーは非暴力をインド全体に呼びかけます。


インド人は無抵抗を誓いますが、英国人はインド人の集団に銃口を向けて無差別に乱射します。


無抵抗のインド人が1516人も犠牲になってしまいました。

1919.アムリットサル事件)


ガンジーは英国側に「あなた方は他人の家に主人として居る、我々を侮辱し支配しています。国からの撤退を」と訴えます。


しかし英国人は「英国が管理しないとインドは混乱する」と言います。


ガンジーは「人々は外国の良い政府より自分たちの悪い政府を望みます


英国人は「それではイスラム派はどうする、英国統治が無ければインドの平和は保てない」


ガンジーは「どの国にも少数派はいる、彼らの問題は我々の問題であなた方のではない」そして「10万の英国人は35000万の非協力なインド人を支配できない」と言い放ちます。


さらにガンジーはインド人に「英国の布は焼き捨てて、インドの織物を身につけよう」と訴えます。


ガンジーは自らも糸車を回してインドの布を織るのでした。


インド人による暴動が起きるとガンジーは断食して暴動を止めるように訴えます。


次にガンジーは英国が専売している塩を自分たちの力で作ろうとします。「インドの塩はインド人のものだ」と。


英国は製塩所に向かうインド人を英国軍(と言っても英国に雇われたインド人なんですが)により棒で殴りつけます。


それを見ていた記者が「ケガをしても前身は止まらなかった。西洋がどれほど支配的立場にいようと、今日は敗北だった。インドは自由だ」と報道します。


英国がインド独立を認めようとしたころ、ヒンドゥー教のネルーとイスラム教のジンナーの対立が強くなります。


その結果、イスラム教徒の多いインドの両端がパキスタンとなって国が分裂してしまいます。


ガンジーはヒンドゥー教徒とイスラム教徒の争いが激しくなるのを見るに見かねて紛争の激しいコルカタ(カルカッタ)に出向きます。


そしてまた断食するのでした。ガンジーの死を恐れてヒンドゥー教徒たちは争いをやめました。


ガンジーはパキスタンにも出向き、イスラム教徒たちにもわかってもらおうと出かけるところをヒンドゥー教徒により射殺されてしまいます。



⚫︎感想


インドの国旗の真ん中にあるマークがガンジーがいつも紡いでいた糸車なんだということを知りました。


インドはイギリスによって統治され、イギリス人に搾取されていた歴史や、独立時に宗教対立によりパキスタンが建国した背景も知りました。


ガンジーは弁護士だったから口が立ったんですね。警官が逮捕すると言ったときに何の容疑で?と切り返したシーンは見ていてスキッとしました。


ガンジーは、弱い立場の人が無抵抗で報道を利用して世論に訴えるという方法を生み出した先駆者だったんですね。


キング牧師もガンジーをお手本にしたという話を聞いたことがあります。


長い映画ですがガンジーのこと、インドの歴史を知ることが出来る本当にいい映画です。