国や社会にとって有益な人材を育成し、
個人の人生を有意義で豊かにする責任を
持つものであると私は考えています。
しかし、
現実の学校は、
その責任を
全く果たしていません。
それどころか、
反対に、
能力低下の主犯です。
学校教育で学ぶことは、
社会であまり役に立ちません。
学校以外でも必要な知識や技術は
あんなに時間をかけなくても
簡単にできます。
これほど、
学校教育を軽視している
社会があって良いのでしょうか?
買い物などで、
筆算したり、ソロバンを使ったり
円や三角形の面積の公式を使ったり
することなど皆無です。
今学んでいることが、
以前に学んだことの発展であり、
次の知性を生む前提能力なのだと言う、
認識を生徒が持つことができないので、
生徒達は、
した事がない始めての問題を
した事がないので
できないと放棄します。
勉強は、
だんだんと簡単になるのです。
新しい考え方、見方を獲得すると、
今までわからなかったことが、
わかるようになるからです。
と、私は常に話しています。
知識や技術を暗記させて
知識や技術を蓄積することなど、
コンピュータ時代には、
あまり、意味がありません。
かけ算の学習も、
九九を暗記することより
かけ算の意味を知ることが
重要です。
筆算やソロバンよりも、
数量感覚を持った計算能力を
持つことの方が重要です。
電卓が身近にある時代、
その使い方を知れば
つまらない九九暗記や
筆算のトレーニングに
時間を浪費しないで良く、
高い知性を獲得する時間に
タップリと時間を
使うことができるのです。
我が子を救うのは、
保護者である貴方がただけだと、
考えた方が無難です。