1944年、10月12日。
日本の一機の零戦と
数に勝るアメリカのグラマンが、
空中戦を行なっていたが、
無念にも敵弾を受けて尾翼より発火、
爆発が寸時に迫る危機に瀕した中、
急降下の最中、
飛行士が見たものは、
竹や木と土でできた何百戸の家がある
「海尾寮」という大部落であった。
今、飛び降りたら自分は助かるかもしれない。
しかし、何百戸と言う家屋は焼かれるだろう
こう判断した飛行士は、
すぐに機首を揚げて、
上昇の姿勢に移り部落の東側に
飛び去った。
そして、飛行機は、
空中で爆発したが、
飛行士は、落下傘で脱出したが、
グラマン機の機銃掃射により
墜落し戦死した。
戦死した兵士の軍靴には、
杉浦と書かれており、
杉浦茂峰少尉と判明した。
今、部落を救ってくれた
杉浦茂峰少尉を本尊とした
鎮安堂・飛虎将軍と言うお堂が
台南市にあります。
この行為は、
日本精神のあらわれと
考えられています。
