▼カーママ 4強へ希望の1勝
格上の中国に競り勝つ
スポニチアネックス
2月17日 16時51分
◇ソチ五輪カーリング女子
日本 8-5 中国
(2014年2月17日 アイスキューブ・センター)
ソチ五輪の女子日本代表(北海道銀行)は17日、1次リーグ第8戦で中国と対戦。息詰まる接戦を展開した世界ラ ンク9位の日本は、同5位の中国に8-5で勝ち、スイス戦に続き連勝。対戦成績を4勝4敗のタイとし、準決勝進出への可能性を残した。運命の最終戦は、日本時間18日の午前0時から世界ランク1位のスウェーデンと対戦する。
準決勝に進出するためには1つも負けられない、日本と中国。火花を散らす戦いは、
第1エンド、後攻の日本は最後の一投でスキップの小笠原が見事なショットで中国のナンバー1ストーンをはじき出 し、代わって日本がナンバー1、2を確保し、2点先制。第2エンドで同点とされたが、小笠原の好ショットで逆転は許さずにしのぐと、日本が主導権を握り、第3エンドで1点、第5エンドで2点を追加。
中国が後攻となった第6、8エンドは1点ずつを取らせて、有利な後攻に回る作戦をとった日本は7エンドで1点、9エンドで2点を奪い、3点差に広げ、第10エンドで中国を1点に抑えて逃げ切った。
▼カーママ終戦…世界1位スウェーデンに敗れ、準決勝進出ならず
スポニチアネックス
2月18日 2時44分
◇ソチ五輪カーリング女子
日本4-8 スウェーデン
(2014年2月17日 アイスキューブ・センター)
ソチ五輪の女子日本代表(北海道銀行)は17日(日本時間18日未明)、1次リーグ最終戦で3連覇を狙う世界ランク1位のスウェーデンと対戦。勝てば準決勝進出チームを決めるタイブレークに進むことができたが、4-8で敗れた。日本は通算4勝5敗で4位以内に入れず、敗退が決まった。
日本は第2エンドに2点を先行されたが、第3エンドに小笠原の最終ショットが決まって2-2の同点に。しかし第4、5エンドの最終投でミスショットが出て、前半を終えて2 5のリードを許した。
第6、7エンドに1点ずつを返して4-5と1点差に迫るも、第8エンドではスウェーデンに2点を加えられて4-7。続く第9エンドもダブルテイクアウトを狙った小笠原のショットが決まらず、痛恨のスチールを許した。
▼日本は3位、団体で16年ぶりメダル獲得/ジャンプ
サンケイスポーツ
2月18日 4時4分
ソチ冬季五輪 ジャンプ男子団体決勝(17日、ルスキエゴルキ・センター)1998年長野五輪以来4大会ぶりのメダル を目指す日本団体は、葛西紀明(41)=土屋ホーム =が2回目で134Mを飛ぶなど合計1024・9点の3位で、銅メダルを獲得した。
1番手の清水礼留飛(20)=雪印メグミルク=は1回目、132・5Mで127・8点。2回目は131・5Mで132・6点。2番手の竹内択(26)= 北野建設=は1回目、127Mで117・9点。2回目は130Mで120・5点。3番手の伊東大貴(28)=雪印メグミルク=は1回目、130・5Mで130・3点。2回目は132Mで127点。4番手の葛西は1回目、134Mで131・5点。2回目は134Mで137・3点だった。
日の丸飛行隊が、ソチで16年ぶりにメダルを獲得した。日本は1回目、葛西がK点を超える134Mの大ジャンプを見せるなど、3位で2回目に進出。2回目も日本勢が次々と高得点を出すジャンプを見せ、最後は葛西が貫禄のジャンプでメダルを確定させた。
ジャンプ団体戦は各国4人が2回ずつ飛び、8回の合計点で争われる。1本目は12カ国が飛び、上位8カ国が2本目に進める。
▼竹内 難病と闘っていた「元気を届けたいという思いで飛んだ」
スポニチアネックス
2月18日 7時18分
◇ソチ五輪ノルディックスキー・ジャンプ男子団体ラージヒル
(2014年2 月17日)
1回目127メートル、2回目は130メートルを飛んで日本の銅メダル獲得に貢献した竹内択(26=北野建設)は競技後、難病「チャーグ・ストラウス症候群」の診断を受けていたことを明かした。
「チャーグ・ストラウス症候群」とは全身の細い血管に炎症が生じる疾患で、原因は不明。発熱や体重減少、手足のしびれ、消化管出血、関節痛などの症状が起きる。竹内は今年1月に肺炎にかかったとして2週間の入院生活を送っていたが、実際は難病を患っており、「結果を残してから公表しようと思っていた」という。
「入院したときは五輪に出られないと思ったこともあったけど、体を戻してメダルを取りたいという気持ちでやってきた」と明かした竹内。同じ病気で苦しむ人に「あきらめないで頑張れば思いは叶うと伝えたかった」といい、「元気を届けたいという思いを込めて飛びました」とジャンプに込めた思いを明かした。
▼葛西、さらなるレジェンドへ!?
「東京五輪も出たい」
スポニチアネックス
2月18日 7時24分
ソチ五輪ノルディックスキー・ジャンプ男子団体ラージヒルで銅メダルを獲得した日本チームの4選手が記者会見を行い、日本にとって16年ぶりとなる快挙の喜びを語った。
最年少で初出場の清水礼留飛(20=雪印メグミルク)から、最年長の“レジェンド”葛西紀明(41=土屋ホーム)まで年齢差はあるものの、伊東大貴(28=雪印メグミルク)が「おじさんジャンパーが引っ張ってくれて、強い気持ちになれた」などと話すほど仲がいいメンバーは笑顔いっぱい。
そのチームワークを生んでいるのは、やはり葛西の人柄のようだ。団体メンバーを外れた16年前の長野五輪時の自分に「今、声をかけるとしたら?」との問いに「バカヤロウ!」と、ビートたけしの“モノマネ”でメンバーの爆笑を誘発。「ケガしたりしていたし、ベストパフォーマンスできず、弱い自分だった。今はこんなにカッコイイ41歳になれました」と話し、また笑いを誘っていた。
そんな“レジェンド”は今後について聞かれると「4年後、平昌もあるが、今回は僕だけ家族が見に来てないので、4年後はぜひ家族を連れて、応援してもらって、その場で金メダルを見せてあげたい」と現役続行に意欲。さらに「その2年後の東京オリンピックも何らかの種目で出たい」と“仰天発言”で、またもメンバーを爆笑させていた
▼【コメント集】日の丸飛行隊、銅の飛翔!葛西「4人で力合わせてメダル取れたことがうれしい」
デイリースポーツ
2月18日 5時14分
「ソチ五輪・スキージャンプ男子団体・決勝」
(17日、ルスキエゴルキ・ センター)
ノルディックスキー男子ジャンプ団体(K点=125メートル、HS=140メートル)の決勝が行われ、日本が3位に入り、銅メダルを獲得した。この種目では金メダルに輝いた1998年長野五輪以来16年ぶりのメダルを決めた。金メダルはドイツ、銀メダルはオーストリアとなった。
日本は15日に行われたラージヒル個人で銀メダルを獲得した“レジェンド”こと葛西紀明(41)=土屋ホーム=を中心に、勢いに乗る日の丸飛行隊は、ラージヒル10位の清水礼留飛(20)=雪印メグミルク=、13位の竹内択(26)=北野建設=、9位の伊東大貴(28)=雪印メグミルク=、葛西という4人で団体戦に臨んだ。
メダル獲得後の喜びの声は以下の通 り。
◇ ◇
-おめでとうございます。
【4人全員】「ありがとうございま す」
-団体のメダルとは。
【葛西紀明】(4人目、134・0メートル、134・0メートル)「うれ しいです。(涙声で)もうみんな頑張ってきたんで。礼留飛も悔しい思いしてきて、この団体メンバーに選ばれて良かったと思いますし、択も病気で、団体選ばれて一緒に出られてうれしく思います。大貴も膝痛めて、その中でみんな4人で力合わせて、メダル取れたことがうれしいし、本当に取らせてあげたいと言ったんで良かったです」
-この話を聞いてどうですか。
【伊東大貴】(3人目、130・5メートル、132・0メートル)「銅メダルだったんですが、なんとかメダルだけは取りたいと思っていので良かったです。あとはもう僕らも精いっぱい頑張れたと思うし、最後はノリさんがしっかり決めてくれたし、本当に後輩たちと先輩に感謝したいです」
-最後膝が痛い中よく頑張った。
【伊東】「はい。(涙声で)本当痛かったです。終わるまで痛いって言いたくなかったから、辛かったけど、持って良かったです」
-ラージヒル個人では問題ないと言っていた。
【伊東】「自分でそうやって言い聞かせて、やってました」
-見事なジャンプでした。
【伊東】「ありがとうございました」
-病気のこともありました。
【竹内拓】(2人目、127・0メートル、130・0メートル)「そうですね…(涙声で)僕も入院した時にオリンピックを一度あきらめかけたというか、もう出られないんじゃないかというふうに思った瞬間もあったんですけど、ただ、ずっと小さい頃からの夢だったんで、なんとかして自分の体を戻して、みんなでメダルを取りたいという気持ちでここまでやってこれました。でも今日は本当にメダルを取らせてもらったなという感じがすごく強いです」
-悪条件の中、頑張った。
【竹内】「もう本当に今できる精いっぱいのジャンプだったなというふうに思います」
-トップバッターどうでしたか。
【清水礼留飛】(1人目、132・5メートル、131・5メートル)「ものすごく緊張しましたし、本当に先輩たちの頑張りのおかげで取れたメダルだと思います」
-2本とも大ジャンプ。
【清水】「いやー、今できるいいジャンプできたと思いますし、ものすごくいい経験になったオリンピックでした」
-初めての五輪でメダリスト。
【清水】「いや、そんな僕の力じゃなくて、本当に先輩たちがここまで苦労して、頑張ってくれたおかげで取れたメダルだと思っていますんで、本当に先輩たちに感謝したいです」
-あと6回出る。
【清水】「葛西さんに追いつくにはそれくらい頑張らないといけないなと思っていますし、7回というのはそれくらいすごいと実感していますし、まだまだ一生懸命頑張りたいです」
-個人のメダルは6大会分の重み。明日のメダルは。
【葛西】「メダルの色は関係なく、4人みんなで力を合わせたということがうれしいので、早く明日みんなでメダルかけたいなと思っています」
-いいメンバーでしたね。
【葛西】「そうですね。ワールドカップからずっと一緒にやってきたんで。メダル取れるかどうかっていう、すごい厳しい世界のレベルの中で、みんな一人一人がいいジャンプして頑張ったからではないかと思います」
-16年ぶりのメダルありがとうござい ました。
【4人全員】「ありがとうございました」
▼みんなで取った銅―葛西「涙が止まらない」
スポーツナビ
2月18日(火)8時13分
ソチ冬季五輪のジャンプ・ラージヒル団体が現地時間17日に行われ、日本(清水礼留飛、竹内択、伊東大貴、葛西紀明)がチーム合計1024.9点で銅メダルを獲得。1998年長野五輪での金メダル以来、16年ぶりにジャンプ団体でメダルを獲得した。
日本は1番手の20歳・清水が132.5mの大ジャンプで勢いをつけると、竹内、伊東もK点を越えるジャンプで着実に加点。4人目の葛西が個人ラージヒル銀メダルの勢いそのままに134mを飛び、1本目を終えて3位につける。2本目も再び清水が131.5mのジャンプで好発進。竹内、伊東も130mオーバーで続き、締めは葛西が134mの大ジャンプを決め、4大会ぶりのメダルを確定させた。
日本を上回るビッグジャンプの連続を決めた1位ドイツ、2位オーストリアには及ばなかったものの、4位以下を引き離しての3位表彰台。チームを引っ張った最年長の41歳・葛西にとっては1994年リレハンメル銀以来、20年ぶりの団体メダルとなった。
以下は葛西、伊東、竹内、清水のコメント。
■葛西「リレハンメルより今日の方が数倍嬉しい」
「めっちゃ泣きました。今日の朝からずっと(今日の試合を)イメージしていて。イメージしているときから泣いていました。1本目を跳んだ後も、(竹内)択や、(伊東)大貴の気持ちを考えると涙が止まらなくて。(清水)礼留飛もひと一倍練習していることも知っていたし、彼が代表に選ばれるかどうかというときも、LINEでメッセージがきていて『いや、大丈夫だ』と(返事をしました)。若い後輩たちに絶対にメダルを取らせてあげたいという気持ちだったので、本当に泣けました」
――後輩たちは頼もしかったですか?
「いや、もう。一緒に戦ってメダルを取るなら、こいつらだなという気持ちでした。すごく楽しかったです」
――団体は別物? 長野の思い出もあったりして
「うーん。別物と考えていましたが、今日はもうなんだか個人戦のような気持ちでしたね」
――団体では銀メダルをお持ちですが、違いをどう感じていますか?
「もちろん個人戦の成績から見ると、金メダルを狙えるという気持ちもありましたし、金メダルを取りたいと言っていました。結果は銅メダルでしたが、メダルの色は関係なく、後輩たちに(メダルを)取らせてあげたいという気持ちでしたので、今日はもう嬉しいです」
――取らせてあげたいというのは、(自分だけではなく)4人で持って帰るという意味?
「そうですね、僕が個人でメダルを取って、本当に自分のことのようにみんな喜んでくれて、やっぱり僕ひとりだけじゃなんだか。みんな悔しいと思うんです。そういう気持ちも分かっていたので、絶対に取らせてあげたいと思っていました」
――(葛西が)飛び終わって1位でした。その後、(金メダルに)いけるかもと希望は持っていましたか?
「いや、結構(上位のドイツ、オーストリアと)点差が離れているのは分かっていたので、ここまできたら何色でもいいので、絶対にメダルを取らせてあげたいという気持ちでした。飛び終わって泣くのを我慢していましたが、択の病気のこととか、大貴の膝のこととか、そういう痛みを押し殺して出たり、択は入院していたのに、やっと調子を少し上げて、ワールドカップの開幕戦よりも全然調子は落ちていますが、そんな中でも一緒に飛べて、一緒にメダルを取れたことが嬉しくて泣けてしまいました」
――(94年の)リレハンメルの銀メダルとは、全然違いますか?
「いや、全然違いますね。今日の方が数倍嬉しいです」
――年齢とか順番とかは意識した?
「そうですね、だいたい僕も考えている順番でしたし、だいたいその順番を(想像していた)。礼留飛が飛んで、択が飛んで、大貴が飛んで僕がしめるみたいな。そういう強い気持ちを持ってずっとイメージしてきたし。イメージどおりの流れだったと思います」
――リレハンメルより嬉しいというのは、どのあたり?
「リレハンメルは、金がほぼ手にあって、落ちての銀だったので悔しさの方が強かったです。今回は本当にみんなに取らせてあげたいという気持ちが強かったので」
――長野以来の団体のメダルですが?
「うーん。あのころとは別格にレベルも違いますし、今のほうが数倍高いレベルなので。ワールドカップでポイントを取るのも厳しいですし、優勝することも、メダルを取ることも厳しいというのは自分でも分かっていたので、そんな中でもメダルを取れたことが一番のチームの嬉しいことだったんじゃないかと思います」
――アンカーでしたが?
「主将として、ワールドカップでも優勝して、総合(ワールドカップランキング)でも3位につけています。そういう責任というか、自分の任務というか。そういう思いでいたので、4番に選ばれて嬉しかったですし、仕事を果たせて良かったです。いや、最高でしたね。何も。もう文句をいうところもないですし、満足です」
――これで3つ目のメダルですが、何個まで?
「いや、まだゴールドメダルを取っていないので、ゴールドメダルを目指して、また頑張ります」
■伊東「初めて悔いのない五輪が過ごせた」
「本当にいろんなことがあったから、ようやく五輪のメダルが取れてすごくうれしいです。やっぱりトリノ、バンクーバーで全然振るわない試合をしてしまったので、その8年間を待った甲斐があったなと思います。本当に悔いがない、初めて悔いのない五輪が過ごせたと思います」
――2本目の着地後、立ち上がるのがつらそうだったが?
「着地した時から痛めていた左ひざがすごく痛くて、転倒ラインを越えれば転んでもいいかなと思ったので、なんとか耐えました。ちょっと痛くて金具も外せない状態でした」
――それを黙っていた理由は?
「やっぱり試合が残っていたので、自分に言い聞かせていたというのと、あまり痛い痛いと言いたくなかったし、周りにも心配かけてしまいたくなかったので。 ただ、チームのトレーナーが素晴らしい治療をしてくれて、なんとかラージヒル個人から出場できるようになってよかったです。感謝しています」
――3回目にして銅メダルを取れた要因は?
「みんないろいろあって、紀さんも腰が痛かったり、択も体調が悪かったりとか、いろいろある中で、それぞれがそこに逃げるわけもなく、みんなが強い気持ちで、痛くても痛いと言わず、治療に専念して、自分たちがしっかり今できる最高のパフォーマンスを出せるように徹したのがメダルにつながったと思います」
■竹内「120万人に1人の難病。今は薬で抑えている」
――もっと貢献したかったというのが本音?
「自分の一番良いときのが出れば、もしかして金メダルに届いたんじゃないかという、申し訳なさもすごくあります。でも、本当に今自分ができるジャンプは今日のジャンプだと思います。気持ちとしても精いっぱいやったし、体としても精いっぱいやれたかなと思います」
――周りを見れば、自分が金メダルへの鍵になるのではという意識があったと思うが?
「そうですね。うーん。練習でもうちょっと良くなるのではないかということを試してみたんですけど、大失敗して112メートルかな?それでまた不安がちょっとよぎったんですけど、今までこの台でやってきたことを繰り返してやろうと、あまり欲を出さないで飛ぼうと思いました。だから、本当に今できる精いっぱいのジャンプだったと思います」
――練習では何を試したのか
「良い時のアプローチを分析すると、ヒザの角度が違う。そこをもう少しやりたいなと思ったのですが、なかなかちょっと……。本当に歯がゆいんですよね、自分でも。イメージと筋肉がリンクしてこないあたりが。仕方がないと言えば仕方がないが、対応できなかった悔しさもあります」
――それでもしっかりと仕事をしたと思います。葛西さんを待っているときの気持ちは?
「いやー、安心して見てはいました。調子が良いのは、みんな見ていたので。でも本当に取らせてもらったメダルだなと思います」
――盛り上げたいと言っていたが?
「金メダルだったらもっとだったのかなとか欲が出ちゃいますけど、本当にメダルが取れてよかったなって、ほっとする気持ちもあるから。これで感動してくれている方がいればうれしいなという気持ちはあります」
――今後は?
「やっぱり平昌(ピョンチャン)では、自分が葛西さんみたいに引っ張っていく存在になって、金メダルを取りたいなと思います。今回、個人でも金メダルを取りたいなと思って臨んできたんですけど、なかなかうまくいかないもんですね、いろいろとあって。でも、本当に良い経験になったかなと思います。悪い時からどうやって良い時にするかが本当に大変で。今日は精いっぱいでした」
――テレビを見ていると、泣いていたようだったが?
「もらい泣きしてしまいましたね。記者会見があるときに言おうかなと思っているんですけど、結果を残さないと『病気だからダメなんだ』って思われるのが嫌だったので。でもメダルを取ったから、こういう病気でこうなんだという話をして、同じ病気で苦しんでいる人とか、気持ち的に落ちちゃっている人とかがいると思うんですけど、元気を与えられればいいかなと思っています。一応、難病指定の病気でかなり強い薬も飲んでいるので。筋力も落ちてしまうんですよ。そういうことを伝えていければいいかなと思っています」
――入院して判明したこと?
「確定はしていないけど、7~8割は。血管の病気なんですよ。チャーグ・ストラウス症候群っていう病気で、幸い初期段階で分かったから。肺で悪さをして肺炎っぽくなってという状況で、それで熱も下がらないし、筋力も落ちるしという状況でした。なかなか分からない病気らしくて、診断でスルーして後半に判明して、最悪だと死ぬ人もいるという病気らしいです。120万人に1人とかっていう病気なんですよ」
――いつ、判明した?
「ジャンプ週間に帰ってからすぐに分かりました。でも、これは本当に結果を残さないと、言い訳にも聞こえてしまうし、結局それだからダメなんじゃないかと、同じ病気の人や難病の人に思われたくなかったので。今日、メダル取れなかったら言わないでおこうと思っていました」
――治るものなのか?
「難病になっているから完治はないけど、今飲んでいる薬を減らしていく。その段階で発症する例もあるらしいので、今後が難しいところ。今は薬で抑えられている」
――ずっと付き合わなければいけないかもしれない病気ということ?
「そうですね。でも幸い、初期段階だったので健康にこうやって飛べるし、それだけは本当に運が良かったですね。本当に自分がそうなのかなって思うんですけど、でもまあそうらしいです」
――聞いたときは、どう思った?
「まさか自分がそんなことになるとは思わなかったし、120万人に1人なんて宝くじじゃないんだから、こんなところで当たらないでくれよって。じゃあ、オリンピック、ダメなのかなとか。でも自分より家族の方が心配しちゃっていて、本当に心配をかけたなと思います。でも、とりあえずメダルが取れて良かったです」
■清水「とにかく思い切って飛ぶことだけ意識した」
「2本目は良いジャンプができたと思いますけど、1本目はタイミングの遅れが目立ってミスしたかなと思います」
――切り込み隊長の責任は、果たせたのでは?
「今できる良い仕事はできたかなと思います」
――どんな気持ちで臨んだのか?
「守りに入ったら絶対にダメだと思っていたので、攻めるわけではないですけど、思い切りよくということだけ心がけていきました。内心、葛西さんの銀メダルだったり(を考えると)、金を狙えるメンバーだったと思うので、朝からちょっと、もしかして金メダルを取れるのかなという想像をしたりもしました。結果的に見たらやっぱり上位とは差がありましたけど、(竹内)択さんが万全ではなかったり、(伊東)大貴さんがヒザを痛めていたりという状況を考えれば、世界のトップに来ていると思う。僕もそこに加わることができてうれしく思っています。1回目が終わった時点でのトップとの差も分かっていましたし、2本目次第では金のチャンスもあると思っていました。上の控え室でも先輩たちに『思い切り飛んで来い』と言われたので、もう失敗してもいいやと思って、緊張感と戦いながら飛びました」
――初の五輪でメダル獲得という結果について
「ソチに入る前は、メダルは番狂わせが起きないと取れないと思っていました。でも、この団体のメダルはみんなの力で、風うんぬんじゃないメダルだと思うので、取れたなという実感が少しずつ沸いてきています」
――1番(1人目)を任されると最初に聞いた時の心境は?
「トレーニングのジャンプや、個人のラージヒルを見て、出るなら1番かなと思っていました。切り込み隊長なので、ミスはできないなと普通は考えますけど、リスクを背負うぐらいじゃないと金は狙えないなと思っていたので、とにかく思い切って飛ぶことだけ意識してやっていました。 昨日の夜、今日かな?昨日ですね。葛西さんのメダルを見せてもらって『うおーっ、すげえな』って言っているときに『団体は金を取ろう』って葛西さんが言ったので、よし頑張ろうという思いにもなりましたし、試合が始まる前にみんなで手を中心に集めて、守らないで思い切って自分たちのジャンプができるように頑張ろう、オウッとやったので、気が引き締まりました。本当に今、オリンピックを振り返ってみたら、ものすごく良い経験をさせてもらったなと思いますし、ノーマルとラージと団体とステップバイステップでどんどん良いジャンプができるようになっていったので、オリンピックで自分のジャンプができたことのうれしさと、どんどん成長できたかなという思いがあります」
――葛西選手への思いは?
「周りが『レジェンド』と言うだけあって、良い意味でクレージーな先輩ですし、僕も40歳まで飛べるかは分からないですけど、それに匹敵するぐらいインパクトのある選手になりたいなって思いました」
――誕生日を祝ってくれたそうですね
「周りにも気を配れる先輩で、良い先輩を持ったなと思います。個人では僕もうれしかったですし、団体は自分も取れたし、葛西さんに取らせてもらったし、こみ上げてくるものがありました。 あと、世界で一番になるという思いでコンバインドからジャンプに移って、本当にこうやってメダルが取れた。今まで育ててもらった、コンバインドの全日本の人だったり、地元で小さい頃に見てくれたクロスカントリーのコーチだったりに、メダルを取ったから『頑張ったな』って思ってくれるかな、裏切ったなって思 わないでくれるかなって思っています。4年後に向けて金メダルを取るという最大の目標ができたので、あとはそれに向かって4年間しっかり。今度来るときは世界ランキング上位でメダルも狙えると周りにいわれるレベルで来たいと思います」
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これほんとに感動したヽ(;▽;)ノ
LIVEで見てて、
インタビューで
もらい泣きしましたw
インタビューで葛西さんが
病気って言ったときは
ちょっと違和感あったけど、
それまで竹内くん肺炎っていうの
信じてたから
朝ニュース見てびっくりしました。
大変だと思うけど
これからも
がんばってほしいです!!!

素敵な写真(*^^*)
表彰台で満開の笑顔
今夜見られますね♡
インタビューでみんな泣いてる中、
礼留飛くんだけにこにこしてて
なんかすごい可愛かったw