「あ、はい」
「いま、お時間よろしいでしょうか?」
「あっ、ちょっと待っててください」悠人はそういうと慌てて席を外した。突然のあまりのかわりように田村は少し呆気にとられたようにみていた。
悠人はビルの屋上に来ていた。初冬の太陽は肌寒い空気にやんわりと射して丁度いい暑さだった。
「調べさせていただきましたよ。あなたの過去というものを。あなた、悲しいことがあったんですね」関口はいたわるようにいった。
「何が悲しいのか、僕は何も真実を本当の意味での真実を知らないんですよ」悠人はホンネを吐露した。何も知らない、これが何十年も経つ今でも悠人の心の中で疼いていた。
「あの誘拐事件はお父様の親友の犯行だったんですね。あなたが慕っていらっしゃったんですね」関口は淡々と話した。
「よく短期間で調べましたね」悠人は内心、関口を感心した。
「こう見えても探偵の中でも一番難しい案件までこなしますからね。これくらいのことは、簡単です。命をはったおとりに比べたらなんてこともない。フフッ。それよりも一つ気になった点があったんですよ。あなたのお父様の親友が何故あなたを誘拐したのか?ですよ」
「あ、あの?あの誘拐事件のことより、探して欲しい人のことをお願いしていたんですよ!!」悠人は内心キレそうな気持ちを自制しながらいった。
「誘拐事件の隣の家の子ですよね。碧名という家ですよね。父親の碧名満勝さんという人は自殺していますね。事件のあと、すぐに。そのあと一家離散しています。僕、一つ気になるんですよ。碧名さんが働いていた鉄鋼場は元わと言えばおおもとがクラタ工業なんですよ。なんか腑に落ちないんですよ。クラタ工業の息子がクラタ工業の社長の元秘書に誘拐されて、助けてくれたクラタ工業グループの人が直後に自殺を遂げてしまうなんて、なんか腑に落ちないんです。なんか変だと思うんですよ。あの碧名さんの家の幽霊屋敷の由来を知っていますか?」関口は特ダネスクープだというようににんまりと笑声を浮かべながらいった。
「全然わかりません」
「あの幽霊屋敷の由来は、犯人だった添田の母親が死んだ場所なんですよ。つまり母親が亡くなった場所であなたを殺そうとしたんですよ!!犯人は!」関口は得意そうにいった。
「えっ?」悠人は思わず絶句した。
「あの人のお母さん、尼だったようですね」
「えっ?教師じゃないんですか?父はそういっていました」悠人は虚ろになりながらかろうじて言葉を返した。
「違います。添田の父親は離婚して教師だった女性と再婚したんです。つまり、教師の母親は腹違いの母親で、本当の母親は冷たい海に毎日潜っていた尼なんです」
「そ、そうなんですか?全然知りませんでした!!」悠人は呆気にとられながらいった。
「その母親が何故かあの事件現場となったあの家で遠い昔、自殺をしているんですよ。その原因が何なのか?わからないんですよ。そしてあの碧名さんはクラタグループの鉄工所の社員であることもひっかかっているんですよ。あの街の地主みたいなものであったとは本当に偶然なのか?すごくひっかかっているですよ。引き続きそこも調べていきたいとおもっていますが、碧名さんの名前がみずほさんという方なんですよね。父親が自殺されてから母親の方に引き取られていますが、母親は数年後に再婚していますね。今、母親は千葉県に住んでいますね」関口は淡々と話した。
「あっ、千葉のどこですか?」
「千葉の市川です」
「そう。肝心な本人は?」悠人は半ば期待しながらきいた。
「・・・それが、逃げるように暮らしているのかな?移転届けも出されていないようなんですよ。だから住所不定なんですよ」関口は腑に落ちないといったようにいった。
「はい?住所不定・・・ですか?」
「ええっ。そうなんです。不可解なんですよ。僕自身も不可解なものを感じているんですよ」関口の口調はまるでミステリ小説の探偵にでもなっているかのような口調だった。
「あなた病院で彼女らしき人をみたといっていたじゃないですか?彼女の情報を入手することができないですか?」関口はそっと探るようにいった。
「僕が・・・ですか?」
「本人である可能性が高いと思うんですよ。碧名みずほなんて滅多にない名前ですよ」関口は分析するようにいった。
「僕もそう思うんですよ」悠人はしみじみといった。
「そっちを当たった方が早いんじゃないですか?」
「でもまるで、あの事件以降、一家は崩壊していった感がありますよね。それまではホントにごく普通のご家庭だった・・・、あっ、別にあなたがどうのこうのって言っている訳ではないんですがね・・」関口は急に言葉を飲み込んだ。
「そうかもしれないですね。僕もそう思っていたかもしれないです」
悠人はずっと胸の中にあった、小さなシミのような思いを吐き出すようにいった。
「あなたを責めている訳ではないんです。あなたもつらい思いをされた訳ですし・・・まぁ、でもその碧名さんという方がある時を境に住所不定になってしまったのが、私はとても気になりますね」関口は淡々しながら、どこか憂うようにいった。
「住所不明にする理由はなんなんですか?」悠人は自分では理解できない理由を関口にぶつけてみた。
「んー、何か訳でもあるんじゃないんですか?今まで私が探偵をしていた中でこう住民票を出さない理由としてあげられるのは誰かから逃げているとか?行方をくらます例とかはDVにあってご主人から逃れるために逃げている女性なんかは何人かみたことがありますね」関口は淡々とした口調でいった。
「誰かから逃げているということですか?」
「その可能性はあると思います。どうしても会いたくない人でもいるんじゃないですか?それぐらいにしか考えられないじゃないですか?身を隠す理由なんて、それか何か重罪を犯したとか?どちらかでないですか?若いのに何だか大変ですよね」関口は淡々とした口調でいうと、悠人は愕然とした。まるで自分のせいであの子の人生をめちゃくちゃにしたといわんばかりに愕然としていた。
「誰かから逃げているとでもいうのか?」悠人はポツリと投げやりにいった。
「・・・可能性はありますね」関口は腕を組みながら頷きながらいった。