第3部  理想の愛  第9章 想いが報われる時 | ブログ小説 第10部 ブルー・スウェアー

独りボッーっとしていた。暗い部屋でぼんやりキャンドルに灯るろうそくを見つめていた。恭一と北海道に行くことになるなんて思いもよらない出来事じゃないか!!
(奇跡だわ・・・・)
ストーカーのような片思い・・・あきらめ・・・占い・・・アクシデント・・・成就・・・旅立ち・・・千広は今までの出来事を整理してみると、恭一へのたったひとつの思いだけが全てを引き起こした。たった一人のへの思いだけで10年という長い歳月を費やした。大恋愛をしたはずなのにあっさり別れた徹の顔が浮かんだ。真夜中に息を切らしながら亜砂美とバトミントンをしたことを思い出す。浮かない顔をしながら待ち合わせ場所にきた時の恭一の顔。恭一に店の前で無視されたこと。両思いになるために占いにはまる自分。すべてが恭一への思いで凝縮されている。
<一緒に北海道に行こう>
今日、恭一に告げられた思いもかけぬ告白に驚きながらも千広の気持ちは固まった。恭一となら北海道だって沖縄だって世界のどこであろうと一緒に行ける。今までのことが嘘のようにかき消されていく。何度も同じ言葉をリプレイする。たった一言で救われるなんて。。。
佳美の顔が浮かんだ。折角、二人で築き上げてきてこれからだっていう時に北海道で暮らすなんてどんな顔をされるだろうか?この部屋ともお別れ・・・。全ては突然変わり、お別れを告げることになるなんて。。。恋は変わりやすくて移ろうものなら不可能を可能に変えることが出来るのだろう。アロマキャンドルが一瞬消えそうになる。何もためらうことはないのだ。千広はもう引き返さない、、、心を決めた。

恭一は久しぶりに実家に戻り、部屋に入ると何となくほっとした。ベッドに横になるとポケットの中の携帯がなった。佑香からの電話だった。
「はい・・・」
「あたし・・・」ためらいがちな佑香の声。
「・・・・・」
「ちゃんと話がしたいの。あなたと別れたくないの」佑香の声は涙声だった。
「君と話すことは何もないよ。今までありがとう、さよなら」
恭一は携帯の電源を落とすと床に放り投げた。千広のことを考えてみる。彼女は執念深く一途に俺を思い続けてくれた。今までの俺はさして彼女のことを好きな訳でなく、どちらかといえば彼女の気持ちが迷惑だった。好きになれない理由はなんだったのか考えてみる。 何となく、背負っているものが同じ気がする。同じ苦しみとでもいうべきものか。千広は昔、愛媛にいた頃恭一に打ち明けたことがある。家が大嫌いだと。恭一に会いにきたあの日、親と喧嘩して家出をして出てきた、と。お互いが愛されることに飢えていたような気がする。けれど、お互いが愛に飢えていたけど、傷をなめ合うことができなかった。
 恭一の中で何かが氷解していくものを感じる。彼女の心を受け止めてあげることが自分の使命なのでないか。守ってあげることが僕の役割なのではないか?だから今までの哀しい恋、愚かな恋愛を数多く繰り返してきたのではないか?今まで沢山の恋愛を繰り返しながら上手くいった試しはないではないか。たくさんの想いを壊してきた。心の底から千広が好きかと聞かれたら、まだYES!と答えることはできないが、彼女を受け入れる努力をして行きたい。愛する努力をして行きたい。守ってあげたい!
「ちゃんと働かなきゃ!」呟く恭一の脳裏に一つの想いが過ぎる。千広のいいところ-どんな時でも自分を思ってくれている。雨の日も大雨の日も台風の日もどんな時でも自分を思ってくれている。灯台もと暗し。彼女は本当の愛を示してくれているのではないか?それこそ、本当の愛だ。ただ、その愛を受け取るだけでいいのかもしれない。ただ、受け取るだけ。

 同じ頃、千広も恭一が何処が好きなのか、、、ぼんやり考えていた。何故惹かれてしまうのか?突き詰めて考えてみるとはっきりわからない。ただ、愛しさが強くあるのだ。これからどうしていくべきか。一緒に北海道いくことは決めたことがだけど、、愛が続くだろうか?徹の時のように燃え上がるだけ燃え上がったも時がくればあっさり燃えかすのように終わってしまう。そんな愛し方はもうしたくない。ずっと想い合うことが出来るのだろうか?むしろそっちの方が心配だ。プルルー、プルルー、、携帯が鳴っている。珍しく亜砂美からだった。
「元気?」亜砂美は明るい声でいった。
「元気じゃないよ。けどいいことあったよ」
「何?何?」
「西本君と北海道に行くことになったの。ていうか今決めたの」
「嘘ー!!初耳。何があったの?」
「彼とつきあうことになったの」
「彼だって!!羨ましい!ずっと好きだったからね。彼と呼べる日が来るなんて!」亜砂美は二人の進展を心から喜んだ。
「頑張ってる芸能活動はどうするの?」
「暫くは休むわ。って言っても卵だからさ、私みたいなものはいてもいなくてもどうってことないよ」
「そんなことないよ。折角頑張っていたのに残念ね。でもずっと好きだった西本君と北海道に行くなんて、それ以上に大事なものがあるんだもんね。夢より愛を選ぶんだね!千広が北海道に行ったら私は少し寂しいかも。簡単に会えないからさ。たまに電話頂戴ね!あっ、いつ行くの?」
「まだはっきり決まっていないけど、一週間後くらい。」
「見送りに行くよ」
「いいよ」
「絶対に見送りにいく!!」亜砂美が強く言った。

朝になると千広は佳美に電話をした。
「しばらくお仕事をお休みさせていただいてもよろしいですか?」開口一番千広はそう佳美に告げた。
「ええっ?」絶句する佳美。
「好きな人と北海道に行くって決めたんです」
「・・・・・・」
「ごめんなさい・・・」千広はきっぱり謝った。
「そう・・・仕方ないわ」弱々しい声で佳美はかろうじて答えた。佳美の期待を裏切ってしまったことを千広は詫びた。
「今、自分にとって彼のそばにいることが大切だから、、昌井さんによくしてもらったご恩は絶対に忘れません。しばらくお休みしたいので必ず戻ってきます」
「でもいつ戻ってくるかなんてわからない訳でしょ・・・」
「・・・・・」
「あなたは今が一番いい時期だと思うの。浮き沈みが激しいこと位、あなただってわかるでしょ。あなたが戻ってきた時はポジションがあるとは限らない。ないって考えた方がいいわ。それでもいいの?そこまでして北海道に行くことが重要なの?」
 佳美に最もなことを言われて千広は言葉に詰まった。恭一の気まぐれで北海道に行く訳だから果たして夢を捨ててまで行くのかと考えるとそこには疑問が残る。愛を育むことにわざわざ北海道に行く必要があるのか。けれど千広は恭一の気持ちを大切にしたかった。 恭一に寄り添って生きることがすべて。それがすべて。
「本当にごめんなさい」
「。。。。。。そう」佳美はあきらめたように呟いた。
「・・・・・」
「でも恋に破れたらいつでも戻っておいで。千広ちゃんの恋はいつでも危ういから。受け皿はまだ暫く開けておくわ。元気でね」
「ありがとうございます」深々と千広は謝意を声に込めた。
千広はそっと電話を切った。胸に思いがこみ上げる。新しいスタートが始まる。全てをリセットして歩き始める。その瞬間が今まさに始まる。千広は感極まった。彼と知り合って早7年。時間だけがいたずらに流れて、孤独な時間を過ごしてきたがやっと報われる時がきた。想いが報われる時。彼と呼べる日が来るなんて夢のようだった。嘘のように心の霧が晴れていく。

一途はきっと報われる-。

千広は数日間、荷物を整理した。部屋のものはとりあず半年間、コンテナに詰め込むことにした。引っ越し会社がトラックに荷物を全部詰め込み部屋を去っていくとガランとした部屋に千広は立ち尽くした。愚かだったことも失敗した数々の全ては今となっては愛しい。千広は腕時計を見ると午前11時だった。恭一との待ち合わせまであと5時間はある。
ブーブー携帯が鞄の中で鳴っている。千広は携帯を取り出すと亜砂美からだった。
「元気?」
「うん」
「今日、これから一緒にお昼しようよ、まだ時間ある?」
「うん、大丈夫だよ。私の都合で申し訳ないけど、羽田の近いところがいいな。品川とか・・」
「いいよ、品川で待ち合わせねっ。駅についたら連絡するね」亜砂美はそういうと電話を切った。亜砂美ともお別れになってしまう。今更、感慨深いものがこみ上げてくる。千広は目を閉じて、吹っ切るかのように目を開くとドアを閉めた。新しい暮らしが待っている。
3年住んだ部屋にお別れをいうとドアを閉めた。バタン。これからがスタートなんだ。ハッピーエンドではなくこれからが大切なんだ。千広は駅に向かって歩きだした。

品川駅に着くと亜砂美はすでに来ていた。改札を抜けると横からひょいと現れた。
「遅い!」後ろから亜砂美に声をかけられて少しびっくりして振り返る千広。
「びっくりしたぁ。。遅くなってごめん」
「ウソ、私も今着いたとこなの!」久しぶりに会う亜砂美は何となく会うことさえ新鮮に感じられた。千広と亜砂美は駅前のカフェレストランに入り日替わりランチを頼んだ。
「千広があの人と北海道の旭川に行くなんて不思議だね」
「私も人生ってわからないぁって思うよ。今回ばかりは」千広はぽつり他人事のようにいった。
「何も北海道まで行かなくても心を入れ替えればいいじゃない、西本君がさぁ。千広だって折角夢が叶い始めているのに」腑に落ちないと言いたげに亜砂美が面白くなさそうにいった。
「きっと彼にとっては東京の空気は淀んでいるのよ。空気の綺麗な大自然で心を入れ替えたいのよ」
「ムツゴロウみたい・・・」
「私の役目は西本君を支えてあげること・・・」
「奥様みたい」少し呆れ気味な亜砂美。
「ずっと彼に寄り添いたいの」
「ラブラブね。お腹いっぱいだわ」
「ランチはこれからよ」千広は笑った。
「千広も幸せになっていくのね。私はいつ幸せになれるんだろう?就活は全然だし」
「まだまだ若いんだし・・・これからよ」
「幸せになるとこうも余裕があるのね」
「今が幸せでも明日がどうなるかなんてわかない」嬉しそうに千広は言った。
「ねぇ、水を差す訳ではないけれど竹内さんとはもう終わったんだよね。意地悪で言ってる訳じゃない。何となく二人は似合っていたから」
「とっくに終わったよ。もう過去の人」
「そう・・・ごめんね。変なこと聞いて」
「大丈夫よ」千広は前菜のパンを黙々とかじった。

「じゃあ、またいつ会えるかわからないけど」千広は切符を改札に通し中に入ると亜砂美に手を振った。
「元気でね」亜砂美が手を振ると千広もうなずきながら手を振り歩き出すと千広の背中に声をかけた。
「千広~!」亜砂美は少し大きな声で千広を呼び止める。
振り返る千広。
「やっぱり、一途って強いんだね。千広に負けたよ!頑張って!!応援しているから」亜砂美は大きく手を振った。千広も大きく手を振り替えした。