祐人は用意されたウィークリーマンションの自分の部屋に着くと部屋の電気をつけた。上着を脱ぐとベットに横たわった。今日一日のめまぐるしい疲れに溜息をついた。壁の時計を見ると午前1時を回っている。
(美咲は大丈夫だろうか?)
祐人はポケットから携帯を取り出し履歴をチェックするが美咲からの着信はなかった。
「連絡なしか・・・・」独り言を呟くと携帯をベットに放り投げた。仰向けになって天井を見つめた。
「明日も明後日も仕事かぁ・・・」祐人はひとり呟くと大きな溜息をついた。
家族のため、娘のため、家を建てるため、、、、俺の一生は費やされていく。十分じゃないか。
あの頃は夢の為に生きていくと思っていた。表現者になりたかった。でも夢で生きていけるなんてほんの一握りさ。短歌や俳句のサークルに入ってみたり、バンドに明け暮れてみたり、作家の端くれのようなことをしてみたり。。。沢山のことに挑戦してみてはいろんなことをあきらめてみたがずっと小さい頃から変わらずに好きだったものがある。ずっと側にあったもの。祐人は鞄の中から一冊の文庫サイズの本を取り出した。
「万葉集」-
「万葉集」の本を取り出しパラパラめくった。
プルプルー、プルプルー 携帯が鳴った。祐人は上体を仰け反らし携帯を取ると見知らぬ番号からの着信だった。不審に思いながら℡にでるが声が聞こえない。ただ女の苦しそうな声が聞こえるだけだ。
「もしもし」祐人は不気味に思いながらじっと耳をすませた。
「ゼーゼー、ハーハー・・・・ハーハー・・・・・おじさん?」
「人違いじゃありませんか?」
「ハーハー・・・・痛い・・・・」女のうめきに悪寒を感じながら祐人は℡を切ろうとした時
「おじさん・・・・助けて・・・痛いの、とってもお腹が・・・」消え入りそうな女の声。
「君は誰なんだ?」困惑気味な祐人。
「・・・・・・・・ナミ・・・」
「ナミ?ひょっとして・・今日の君かい?」
「有村・・・・・奈未・・・・・」かろうじて答えると
ウーーーーー
奈未の悲鳴ともつかぬ嗚咽が電波を通して聞こえてくる。
「今どこにいるんだ?」
「・・・・・・外・・・・・私。。。死んじゃう」
「外の何処にいるんだ?とりあえず救急車を呼ぶんだ」
「どこにいるかわからないから呼べない・・・・・」
「何がある?近くに目印になるものは何がある?」祐人は奈未に必死に呼びかけた。
「何か銀行の看板が見える・・・黄色い看板・・・」
「黄色い銀行の看板?・・・そこにカメラやの看板はないか?駅前の近くか?」
「ある・・・あるよ・・・そこのコンビニの横にいる」
「わ、わかった。何処にコンビニだ?」
「ホットストップ・・・・」
「今すぐに行く!」祐人はベットから起き上がるとYシャツのまま走って目的地に向かった。
雨がパラパラ降り始める。雨音がだんだんと激しさを増していく。それでも祐人はひたすら走った。
雨の中、君をこうやって探し歩くことが全然苦ではないのはどうしてだろう?君をこうやって探していくと何故か心の底から暖かい何かがこみ上げてくるんだ。
雨は更に激しさを増し雹のようなイガラをあびながら祐人はひたすら走った。まるで遠く懐かしい回帰の中に戻っていくように。