ポーランドの歴史...そしてワルシャワの歴史、栄華と栄光と悲運な歴史に翻弄されたこの国とワルシャワ市とポーランドの人々の強さと希望が、新市街地と旧市街地区には存在している。


旧王宮広場へ。新世界通りをかなり歩いたので、カフェでひと休み。



といっても、炭酸、炭酸!を身体が欲しているので、Coke ZEROを。



第二次世界大戦で、ドイツ空軍に徹底的に破壊された街...文字通りの焼け野原に。というワルシャワ歴史地区へ。


Poland travel のサイトより...戦後、ワルシャワ市民たちは旧市街の街並を昔の姿のままに再建することを決意します。


実は市民たちは建築科の学生を中心に、戦前や戦時中危険を承知で市街の隅々に至るまで入念なスケッチを残していたのです。


市民たちは亡くなった家族や仲間への想い、愛国心を胸に、スケッチや歴史的絵画などを手がかりに、跡形も無く瓦礫の山となってしまった一つ一つの建物を「レンガの割れ目一つに至るまで」忠実に再現したのでした。


再建作業には建築家や修復の専門家だけでなく、ワルシャワの多くの 一般市民が参加し、戦後何年もの時間をかけて驚くほど丹念に進められました。


この努力は見事に成功を収め、戦前と寸分たがわぬワルシャワの旧市街が蘇ったのです。そして1980年にユネスコ世界文化遺産に。



Wikipedia より...「意図と目的をもって破壊された街並みは意図と目的をもって復興させなければならない」という信念と..,


「失われたものの復興は未来への責任である」という理念の下、再びポーランド人自身によって厳密に再建された。


もともとの建物に使用された煉瓦はできるだけ再利用された。


破片はふるいにかけられ、再利用できる要素はもともとあった場所に再度挿入された。


ベルナルド・ベッロットの18世紀のヴェドゥータ(都市風景画)は...


戦間期にワルシャワ工科大学の建築学科の生徒が描いた写生と同様、再建努力の根本的なよりどころとして使用された。



そんな街の一角にあるワルシャワ歴史博物館を友と訪れて...


ワルシャワ歴史博物館








こんな可愛いらしい...作品も展示されていて。ほっと心が和みます。





ユダヤ人博物館も訪れましょうと、友人に言われていたけど...休館日で。


そして、また、この地に訪れることを、確信している僕です。次回はきっと...