しばらくは控えようと思っていたクラフトビールも、きんくらとCOEDO伽羅の2本を開けてしまって自己嫌悪。
そんな時にぼんやりとdTVのラインナップを眺めていたら、大好きな「河童のクゥと夏休み」が配信されているではないですか!
探せば家のどこかにDVDがあるはずですが、Chromecast経由でHD画質で観られることもあって迷わず再生しました。
久々に見たのでお話の細部は覚えておらず、初見に次ぐくらいの感動で鑑賞。
クゥが康一にかけた最後の言葉で、最終的にボックスティッシュは空になりました・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
この映画が公開された2007年、わたしはまだ働いていて、会社の同僚を何人も誘って映画館に連れて行ったりして、なかなか充実した日々を送っていた記憶があります。
ですが、いろいろあって結婚と同時期に鬱を発病。
その原因の一端となったのが、両親との関係でした。
うちの両親は二人とも元教員。
こう言うだけで一瞬で苦労を分かってくださる方もいらっしゃいますが、家族の良い思い出はほとんど…というか、ありません。
世の中には筋金入りの「毒親」に育てられた方がいらっしゃって、そんな皆さんに比べればわたしなんて苦労したうちには入らないとは思います。
でも、どうしてもダメなんです。両親のことが、苦手です。
この気持ちは、親に何度も心を折られたり大量のツバを顔に吐きかけられたりしたことのある人にしかわからないと思います。
数年経って鬱は寛解しましたが、わたしは職を失い、子供が産めたであろう貴重な時間を失いました。
両親はどうやら自分たちのしたことはすっかり忘れているようで、やれ一緒に旅行に行きたいだの鯉料理が食べたいから調べてほしいだの言ってきます。
生まれてこの方ずっと植え付けられてきた罪悪感で彼らの要求を再優先で叶える努力をしてきましたが、今年からは自分優先で生活することにしました。
「お父さんがねぇ~、アマリロと二人で一緒に旅行してきたら?って言うのよ~」とベタベタした声で電話してきた母に、神戸行きを控えていたので「予定が立て込んでいて無理です」ときっぱり断った時は、不思議なくらいすっきりしました。
…で、その後しばらくは連絡がこなかったのですが、どういうわけかわたしが妊娠していると勘違いしている模様。
「重い物持ったりしちゃダメよ?」とか、どうしてそういうこちらの重荷になるような発想をなさるのでしょうか
『あんたたちのせいで何百万も無駄にして、子宮も卵巣もボロボロなのに、なんでそんなに簡単に妊娠できると思ってるの?』
…なんですが、言っても仕方のないことは飲み込んで、今後もなるべく疎遠に過ごしていければと思っています。
だって、永遠に分かりあえることはないから。
分かりあえるかもしれないという希望を捨てることができたのも、今のわたしにとってはひとつの希望なのです。
ただ、命をいただいたことに関してだけは、感謝の気持ちを持とうと
。
でもその恩返しの気持ちはもう親には向けず、自分が今を全力で生きることだけに向けようと。
そんな気持ちを思い出させてくれた「河童のクゥと夏休み」でした。
よし、明日からまた頑張ろう。
夫が帰ってくる前に顔を念入りに冷やしておかねば。
