只の恒例行事になっているコロナで青森。
とはいえ、それより前にベンツで青森に行ってからというもの、年に何回か青森市には行っていたので馴染みはあった。
初めて青森に行ったのは、なんともう6年前のようだった。
コロナも買う前。パルサーに乗るよりも前。
この年の青森訪問は7月の終わりと、なぜか9月の頭。7月の時はチェックアウト後は青森から神戸まで一日で1100キロ移動し、9月の時はなぜあチェックアウトして埼玉の自宅に帰って一泊の後、次の日の朝に出発してまた同じホテルに戻るという暴挙に出ていた時だった。
埼玉青森間片道700キロ。月に10,000キロ走って、買って間もないベンツのすごさを身をもって体感しようとしている最中のことだった。
なので最近は専ら前にも増して、おなじみの街では車は車庫に入れっぱなしで“生活”。到着後はいつもの合浦公園を通り抜けてランニング。
次の日は所用で野辺地まで。役場の駐車場で会議に参加して、夜は青森市で夕食会。
次の日は散策がてら野内まで15キロランニングしてから、積んできたダホンで仲良くなったお店で夕飯に再出発。
このあたりで泊るどちらの宿でも毎日眺められる陸奥湾がたまらないけれど、こちらはなによりも部屋には有線放送。いうことはない。
さてということでまた来ましょうと一路南へ。小坂のあたりで猛烈な雨に見舞われる以外は、心なしかだんだん暑くなる南行き。
東大更で日は暮れた。
前に行って仲良くなった食堂に、青森土産と共に立ち寄り夕飯。
あとはひた走る。嫌でも走る。
今回は日本海も望みつつの青森行き、1500キロの冒険だったとさ。
西に行ったら三原往復くらいの距離であろう。しかし西行きとは違い、あらかた下道でもそれなりに走れてしまうのが東北。
今回はかなり下道比率が高い移動だったものの、通し燃費はリッター15キロ強。
当時の代表的な乗用車ということだけあり、一日700キロ走っても(トラブルさえなければ)良くも悪くも疲れることはない。そして、同じくらいの距離の移動では、かつて少しだけ乗っていたプラッツのほうが、いろんな意味で耐えられなかったのを思い出す。
ということで、とても収穫の多い青森行きだったとさ。冬までにまた行きたいなぁ。








