傍らに立て掛けてあったギターをサッと持ち上げ、藤村さんはそれを私に差し出した。
「やっぱりコイツはあかりさんが持って行ってくれんね?練習にでん使ってもらえたらて思うとばってん…」
「………………」
とてもありがたいけど、私はこのギターを受け取るわけにはいかない。持ち主に相応しい技量もないし、私自身がいつどうなるのかも分からない身だから。
「初めてお会いした時にもそうおっしゃって下さいましたが、私が持っていても宝の持ち腐れになるのでいただくことは出来ません。それに、その子もきっと藤村さんと一緒にいたいんじゃないでしょうか」
「…………そう思うね?」
「はい。そう思います」
私が即答すると藤村さんは突然大きな声で笑い出した。
「ど、、…どうなさったんですか?」
「ハハハッ!ごめんごめん。実はねぇ…」
藤村さんが、手にしたギターをじっと見つめる。
「賭けばしとったとよ。あかりさんがコイツば受け取ったら予定通りに東京に行く。受け取らんかったらまたコイツと2人で世界中ば旅して回ろうて…」
「ちょっと待って下さい、そんな大事なことを私の返事なんかで決めちゃっていいんですか!?」
「構わんよ。ここに腰ば据えるまではどこさんでんフラフラ放浪しよったとだけん」
「……何かここに住むきっかけとかがあったんですか?」
「大したことじゃなかよ。旅行先でたまたま意気投合した女性に私が惚れてね、その人ば追いかけて熊本まで来て結婚したったい」
「わぁ、すごい!積極的ですね」
「小学校で音楽の先生ばしよらした人でね、それまで根なし草だった私に居場所ば作ってくれたとばってん、二年前に亡くなってね」
「…………、そうだったんですか…」
息子さんご夫妻の話をされた時にお一人だとおっしゃってたから、もしかしたらそうなのかも知れないとは思ったけど…
「とにかく早口で、ハキハキ熊本弁ば喋らすけん最初はなんば言いよるかいっちょん分からんかったとばってん、一緒におったらいつの間にか私も熊本弁しか喋られんごつなっとったよ、ハハ」
「…………。……フフ…」
「2人とも旅好きだけん、いつかまた世界中ば旅して周りたかね~て奥さんとよう話しよったとよ。ばってんそれも出来んままだったけん、人生の締め括りにその夢ば叶えてみたかて思ってね」
藤村さんの表情から、今も奥さんをとても愛していらっしゃることがよく分かる。だからこそ、一人ででもその夢を叶えたいと思ったんだよね。
聡史さんは、私が先にいなくなった時どうするかな。私が叶えられなかった夢を自分が引き継ごうって思ってくれるかな…
そもそも、私の夢って何だろう?私に夢なんてあるんだろうか?
「なーんて、こぎゃんもっともらしかこつば言いよるばってん、ほんなこつはあかりさんがギターば受け取らんて最初から分かっとったとよ。完全に確信犯たい」
「えっ!そうなんですか!?」
「うん。私が持っとった方が良かて言うだろうて思っとったけん、さっき笑ったったい」
「全部お見通しだったってことですね…💦
でも、分かってたのならどうしてそんなことを言ったんですか?」
「一生懸命頑張りよるあかりさんば見よったら私も行動してみたくなってね。きっかけが無かと周りに言い出せんけん、背中ば押してもらいたかっただけたい」
「それじゃあ、息子さんたちには…」
「まだ何も言っとらんよ。『また勝手に決めてから!』て怒られるかも知れんばってん、息子は小さか時から私たちの夢ば聞いて育っとるけん、きっと分かってくれると思う」
「…………そうですか」
藤村さんを見る限り、きっと息子さんもとてもお優しい人なんだろう。奥さんと息子さんのお顔は存じ上げないけれど、何となくその家族の光景が目に浮かぶような気がした。
「私のつまらん茶番に付き合わせてしまって悪かったね。あかりさんのおかげで勇気の出たよ、ありがとう」
「私も大切なお話を聞かせていただけて嬉しかったです。ありがとうございます」
「ははは…。ならあかりさん、暗くなる前に帰りなっせ。気を付けて帰らなんよ」
「はい。藤村さんもどうかお気をつけて…」
私は、藤村楽器店をあとにした。
寂しいけれど、さっきとは違って何だかとっても晴れやかな気持ち。
やっぱりギターに挑戦してよかった。私にも何か出来るんだって、少しだけ自信がついたかな。
そうだ、送ったキャスケットに気が付いてくれるかな?コウさん。きっとたくさん事務所にお誕生日プレゼントが届いてるはずだからすぐには気付かないかなぁ。
またコウさんと会えるといいな。
そしていつか、本当にギターを教えてもらえたらいいな……。
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今年もありがとうございました
皆さんが良いお年を迎えられるよう
心から願っております
来年もまたお付き合い下さると嬉しいです
琴奈