自分なりの考えをもって
周囲に振り回されずに 生きていくために
必要なことは どんなことでしょう?
誰かが言ったことを 鵜呑みにせず
自分で一度咀嚼して 考える
疑問に思うことがあれば 自分で調べて
反対の主張も取り入れてみて
自分なりの意見にまとめてみる
どんなことにも 問いを立てる
なのではないでしょうか?
誰かが正解。ってことは
もうナイのだと思います
問いを立てる のは、子どもが得意です
子どもは いろんなことを疑問に思っています
空に光っている あの星はなーに?
サメは魚なのに、クジラは魚じゃないの?
ウソついちゃいけないのはなんで?
子どもが小さいころ
私は なんでも答えを渡していました
子どもが疑問に思うことが
身のまわりで起こっていることが多かったので
答えられてしまった。ということもあります
(科学系の話 好きなので)
子どもの疑問に答えられる自分が
良い母親をしている気になって
何でもかんでも
私が思っている正解を渡していました
でも
いつだったか どこだったか
「答えをすぐ渡すのではなく
子どもが自分で考えることが大事だ」
と聞いて 正直 ドキリとしました
疑問に思うことがあっても
親が 自分の答えを出してくれる
そんなふうに
自分で考えない子どもにしているのではないか...と
そのことを知ってからは
子どもに一言
「きみは どう思う?」 と聞くようになりました
と、言っても
自分がわからないので質問しているわけで
「わかんない」 の一言で
終わることがほとんどなのですが。。。
問いを立てる
そして その問いについて自分で考える
答えが出なくても
人と違う意見でも 自分なりの答えを出そうとする
自分の頭で考えて
自分で判断し
自分で決めたことについて 自分で責任をもつ
様々な情報に溢れ
これまでのような「正解」とされる人生を送れば
幸せらしい生き方ができるとは限らなくなる
これから
これからの時代を生きていく
親である私たちも、子どもたちにとっても
必要不可欠な
「力」 になるのではないでしょうか
こんなふうに あらためて考えるようになったのは
こども哲学シリーズ を読んでから
この本を書いた作者がいるフランスでは
自分をとりまく社会について よく知り
自分でものごとを判断できる人になるという
教育目標があるそうです
高校の最終学年で
「哲学」 は必修科目となり
大学の入学試験にあたる試験でも
文系・理系問わず
「哲学」 が必修科目であるとか
過去の哲学者たちが考えてきたことを
踏まえつつ
自分で考え
自分の意見を提示する力が必要とされるとか
私は高校のとき
社会科で 倫理を選択したので
過去の哲学者たちが考えたことを
知識として得ましたが
哲学 というものが どういったものなのか
よくわかっていませんでした
この こども哲学シリーズ では
ある問いに対する 様々な意見、
その意見に対する反論、
そして
この問いで考えるポイントが示されています
実際の子どもの答えなので
えっ??と思うものもありますが
それも 一つの意見
自分だったら どんなふうに答えるか
一緒になって
考えてみると面白いかもしれません
冒頭での 作者の言葉
すぐに答えを出そうとも
正解にたどりつこうとしなくても
考え続けることの大事さを教えてくれます
こども哲学シリーズは全7巻
『 よいこととわるいことって、なに? 』
『 きもちって、なに? 』
『 人生って、なに? 』
『 いっしょにいきるって、なに? 』
『 知るって、なに? 』
『 自分って、なに? 』
『 自由って、なに? 』
どれも パッとは答えられない質問・・・
どの本も 気になる~~
自分で考えることをやめ
誰かに答えを出してもらっていたら
どうなるのでしょう?
誰かが出してくれた答えが
自分にとって ふさわしいものでなかった場合
その責任は 誰かにあるのでしょうか?
考えて 判断して 決断すること
自分ではない 誰かに明け渡してしまっては
自分らしく生きることはできない
自分の人生なのに
誰かの人生を生きることになってしまう
そんなふうに 私は思います
だから どんな時も
自分で 問いを立てる
自分なりに考えて 答えを出してみる
大事にしたいです
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