キヨママのグリオーマ闘病記 -86ページ目

キヨママのグリオーマ闘病記

ある日突然、前頭葉膠芽腫グリオブラストーマG4と宣告。
天使のような一歳の娘をもつ32歳のママ。
病気(グリオーマ)のこと、日々のこと、要望など、なんでも書いていこうと思います。

退院しても無理せずにと言われてましたが
やっぱりそうはいかず…

というか、娘はこの2ヶ月分甘えていて。

何をするにもママじゃなきゃダメ。

娘がいた土日はなーんにもできず、
娘がお昼寝した隙に、放置されたままの
娘の洋服たちを整理。

土曜日はそれで一日終了。

夜は一緒に寝たけど、
ママがいる環境が久しぶりだからか、
はたまた鼻風邪ひいてるからか、
夜泣きがヒドくて…

とほほでした。

日曜日は朝ごはんを久しぶりに作り…

娘と2人で朝ごはん~

パパはゆっくり朝寝坊です。疲れたもんね。

…お尻に違和感が。

あぁ…脱腸だ…

妊娠中に脱腸になって、
出産後は疲れが出ると脱腸になる…
土曜日張り切りすぎたのと、
朝食作りで台所に立ってたからだな。

いまでは、トイレに立つだけで腸が出てきます…

まぁ、これで、無理しないようになったからよかったな。

どっかが痛かったりしないと、
絶対動いちゃうし、無理してしまう。

今日も朝ごはんは作ったけど、
日中は娘が保育園だから、
ゆっくり入院中の荷物を片付けました。

あと、一時間で娘さまご帰還か…

さ、がんばろう…!!

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なんやかんや悩んだけど、やっぱり今日退院することにしました。


早いにこしたことはないって結論で。


昨日の夕方から、なんだか物思いにふけたなぁ~


シャワー浴びる時も、これがここでのシャワーは最後かもな~


水圧悪かったけど、気にならなくなるもんだな・・・


夕飯のときも、これが最後の夕飯か~



私の好きな鮎の塩焼きでした。


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こちらの病院食、以外とおいしくて、ごはんの時間は楽しみだったな。


アンケート用紙があったから、毎日おいしいごはんをありがとうございましたと書きました。


そして、病衣室からの夜景・・・ほとんどラブホですが・・・


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この街は以外と縁があるんだよなぁ~・・・


地元も近いから、よく飲みにきたし、結婚式も二次会もこの街だし、


出産後もショッピングモールに娘と来たし、


そして、今回もこの街。ほんと縁があります。


そうこうしてたら、面会時間ギリギリに前に病室で一緒に入院していた人が来てくれました。


本当に良かったとたくさん涙を流してくれて。私も一緒に泣きました。


本当に人と人の縁ってステキだな。今後も付き合っていける人だな。


朝起きて、退院の準備でバタバタしつつ、サッカー観戦は真剣に・・・


ハーフタイム中に朝ごはん。


朝ごはんは毎度質素でした・・・


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でもみんなが買ってきてくれた納豆やキムチのおかげでおいしく食べれました。


そして、サッカー後半戦・・・引き分け・・・うぅぅぅ・・・


そしたら、また同じ病室で個室にうつられた人がわざわざ挨拶にきてくれて。


嬉しかったな・・・


それ以外にも、廊下歩いてると、看護婦さんたちが、退院?おめでとうって。


本当に喜んでくれて。涙が出る。娘のこと可愛がってくれてたから。


早く帰れるといいねって、言ってくれてたから。


いい病院だったな。また長期入院するときはここがいいな。


長い入院生活だったけど、みんなが来てくれたり、メールで励ましてくれたり、


遠くで想っててくれたから、全然へっちゃらで乗り切ることができました。


本当にありがとうございました。


家族、友達に感謝です。


そして、これからは、先生や看護婦さんたちがいない環境になって、私自身、不安なことも多いです。


なので、今後も助けてくださいね。


よろしくお願いします!!



さっ、お世話になった人へ昨日手紙を書きまくったから、渡してこよう。



退院できそー


朝の採血検査の結果で血小板が上がっ、てきたと☆


いつでも退院してOKと許可いただきましたー


やっと退院。


2ヶ月と10日ちょい。長かったなー


でも、やっぱり少し寂しい気持ちも残るんだよね。


先生はじめ看護婦さんたち、掃除のおばちゃん、配膳の人たち、


みなさんとひとまずお別れだからね。


思えば、お母さんが病気になったのが私が15歳のときで、


亡くなったのが17歳。


15歳のころからゴハンは基本自分が作る物になっていってて。


当たり前に食事が出てくることはなく、、誰かにお願いすれば作ってくれるけど。


だから、この入院生活は思いがけずの快適生活だったなー


当たり前にゴハンが出てくるからね。


献立も考えなくていいし、買い物も行かなくていいし。


その快適生活から抜け出すのも少し寂しいですが・・・


早く、旦那と娘のいる家に帰りたいってのもあるからね。


退院日のこと考えると、ウキウキしてしょうがない。


保育園に行ってるから、家で待機してようと考えてるんだけど、


保育園から帰ってきたときの娘の表情を想像するだけで、ニヤケちゃう(笑)


楽しみだな~

退院が伸びてしまい、少し落ち込み&ヒマすぎな日々。


でもすぐさま、昨日午前中友達が来てくれた~


午後から仕事だからと、重い荷物を持って。欲しいものリスト全てコンプリート☆


一番最初に就職した会社の同期。


不思議な縁だな。でもステキな縁だよね。


そして、病院の近くに住む後輩ちゃん。


赤ちゃん抱っこしながら、重いお水を買ってきてくれた・・・涙


ほんと、この子にはお世話になりっぱなし・・・


あと、入院が伸びたことで、娘のゴハンをまたしてもお願いすることに。


それを快く引き受けてくれた中学の友達にも感謝。


子供二人抱えてるのに・・・有難い。


みんなに感謝する毎日です。



おばちゃんがきて、色々話して。


今週はうちの旦那さま仕事が多忙らしく、娘のお迎えにも間に合ってない状況らしく。


そこで、大活躍なのが、じーじ。私のお父さん。


お迎えは前からお手の物だったんだけど、


ここ最近はゴハン(レトルトだけどね)の準備して、食べさせて、


そして、一番驚くのがお風呂に入れてるんだってー。


それも泣かさずにー


すごいー


私が入院する前は目が会うだけで、娘泣いてたのに。


じーじも娘も大成長だな。


すごいなー人間ってー。


ママが入院して、一番成長したのは娘だけど、


次は、、、パパ、じーじ?(笑)

今日は面会の予定もないし、治療は終わったし、

なーんもないので、かなり放置していた、治療開始前のことを残そうと思います。




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旦那と二人で先生の話を聞いて、病室に戻り、少し呆然としていたような。


やっぱり現実をすぐに受け入れることはできず、ふわふわした気持ちでした。


地面に足がついていない感じ。


間もなくして、お父さんが来て、少し話して、お父さんは泣いてました。


私も泣いたけど、笑いながら泣いてました。


今もそうだけど、一番身近な家族だからこそ、涙は見せれません。


残される人のほうが辛く、苦しくて、本人に泣かれると、余計辛くなるから。


旦那も辛いと思う。とても。


でも、さすがだなと思ったのは、私が脳腫瘍と診断されてすぐ色々調べて、


先生からの告知前にグリオーマの知識も頭にあったようで。


告知されて、グリオブラストーマと聞いて、予後も察しはついていたそうで。


無知な私は、言葉にされるまで、ポカーンと聞いてました。


そして、夜には弟にも病気のことを説明。


最初はかなり動揺というか、理解するまでに時間がかかったけど、


じっくり二人で話して、納得してくれました。


弟にとっても、2回目。家族がガンになってしまうのは。


お父さんと弟のことを思うと、今でも胸が張り裂けるおもいです。


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告知の日はこんな感じかな~


こうやって、思い出して書くと、その時の気持ちも思い出して、なんか面白い。


今は、地面にしっかり足がついてるし、かなーりポジティブ。


同じ病気の人のブログにもよく書いてるけど、


病気になってからのほうが、ポジティブになったって。


本当にそうで、生きることが楽しくなった。


何にもしなくても、ほんと小さなことに幸せ感じれる。


ゴハン食べれることだけでも感謝だし、朝元気に起きれたことだけにも感謝。


来年の今ごろは正直どうなっているかわからないけど、


今をとにかく精一杯生きて、楽しむのだ!


でも、欲を言えば、娘の成長は見たい・・・だから、頑張る!頑張りすぎずにね(笑)