キヨママのグリオーマ闘病記 -35ページ目

キヨママのグリオーマ闘病記

ある日突然、前頭葉膠芽腫グリオブラストーマG4と宣告。
天使のような一歳の娘をもつ32歳のママ。
病気(グリオーマ)のこと、日々のこと、要望など、なんでも書いていこうと思います。

昨日は転園先の保育園で初の保護者会。

以前何人かのママとはお話しさせてもらう機会があったけど、全員とお会いするのは初。

何を言おうか、言わないか、前日からど緊張。

ママ先生(総括園長)が前保育園のママたちとは雰囲気が違うと言っているとウワサで聞いていたので、ビビりながら保護者会へ。

自己紹介でマイクがまわってきて、、、

はい、頭真っ白ね。

何を言ったかほとんど覚えてないけど、かなり挙動不審だったことは間違いないと思われます。

病気のことはほんとサラっとしか伝えられず、でも重いなぁ…と引かれた可能性大です。

その証拠に保護者会後、話しかけてくれたママは1人だけ(T_T)帰宅後ラインをくれた心優しいママがお1人。計2名のママがすぐにアクションしてくれました。このお2人がいなかったら、わたしは2度と保育園に恥ずかしくて行けなかったことでしょう。。。

保護者会中も緊張からなのか頭痛がひどい&空腹で気持ち悪い、で帰宅後はヘロヘロに疲れて機能停止でした。

とりあえず、わたしにとっての大イベントは終了。

これからの予定は3月4月と転園などで忙しかったから、身体メンテナンス。行ってなかったヨガ、陶板浴を再開。自分がやりたいことをするために調べもの。あとは久しぶりに会う友だちとの予定♡

こういうとき、こういうときだからこそ、笑っていないとね。

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今は自分の生活を…家族の生活を…生かされてる命だから、毎日を大切に過ごすこと。

元気に生かせてもらっているんだから、それに感謝して、生活をしないと、たくさんの人に申し訳ない。

ここ数日、どう生きるべきか悩んでる。生きると書くと大げさだけど、自分がやりたいことをして生活するか、誰かをおもってそれを実行する生活をするか。

今さら悩んでる。

いい意味で病気はたくさんのことを学ぶきっかけになって、その学んだことをどっち方面にいかすのか悩む。

どっちもわたしは苦しむだろうし、家族にも迷惑をかける。

でも、2年たったいま、このまま何もせずにダラダラと生きるのはイヤで。まぁ、そのほうが楽でいいんだけどさ。

欲張ってどっちも選択することも無理ではない。

さすがにダメかな。

最終的には娘にとって何が一番いいか…それを考えると正直みえなくなる。いや、みえるか。

以前は自分がいなくなったときのことを考えて…と思ったけど、それは少し違うなと。もちろん、おそらく、先に死ぬだろうけど、そのときはそのとき。

自分がこれにはそこそこ自信ある、というものをいかして、少しステップアップしてみようかな。

幸い応援してくれる人もいるわけだし。

がんばってみようかな。
土曜はパパが仕事だったから、近所のママ友と公園で待ち合わせ~

前保育園で同じクラスだった女の子だから、娘も大はしゃぎでした。ノンストップでお昼前から夕方まで遊ばせた。

日曜日は地元で子ども祭りがあるよと、たつこが教えてくれたので行ってきた。地元ファミリー勢ぞろいで、同学年の子どもたちはみんな自由きままに遊んで…ってか風すごすぎて、サクッと話して帰ってきた。

ランチは近場のショッピングモールで食べて、娘とパパはボールプールで遊ばせ、わたしは必要な物の買い物。

夜はお寿司食べて、またまた前保育園のお友だちと遭遇。よかったね、娘♡

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娘が生まれて、初めての大きい地震。

テレビはどこも地震の映像。娘は『こわい…』と言ってしがみついてきた。

こわいよね。昨日からテレビはつけないようにしてる。娘もイヤがるし、なによりも頭痛がヒドイ。映像をみるだけで頭痛がヒドくなる。

まずできることから、募金を。

余震が多すぎる。

熊本に住んでる友だちは無事でした。安心。

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4月も中旬。

今月はどこの家庭も同じだと思いますが、いろいろと変化の月でした。

まずは娘の転園。

数日は泣いたり、行きたくないと言うかと覚悟していたけど、今のところ1回も泣いてないし、登園拒否もない。

ただ、今まで一度も失敗してなかったお昼寝でオネショを。。帰ってきて変にテンション高めで、おちゃらけて汚れたシーツやパジャマを出してきた。様子がおかしいなと思ってたけど、わたしからは特に何も言わず、しょうがないよ~!失敗してもいいんだよ~!と言っていたけど。。

夜寝るときベッドで、

『もらしちゃうのは赤ちゃんなんだよ…わたしはもう3歳なのに…お着替えしてるときみんなが「裸ん坊だ~」って言った…』

…うぅ…涙。がんばって新しい環境に慣れようとしてるとき、人生初のお昼寝オネショ。まだ馴染めてないお友だちからの罪なきからかい。

自分の心をたもつのに必死だったんだろうな…だから頑張ってテンション高くしてたんだろうな…そう思うと心がかなり痛みました。

最近は前保育園のクラスと公園で会うことが多いらしく、その日は娘も喜んで報告してくる。

昨日は新保育園のお友だちの話しをすごくしてくれたので、楽しい?と聞くと即答で『楽しい!』と言ってくれた^ - ^
このクラスで良かったね、と言うと、

『そうだね~まぁ、ほんとは〇〇組がいいんだけどね~』と、前保育園のクラスがいいと。そりゃそうだよね、まだ数日しか通ってないんだし。そのうちどっちのお友だちも大好きになるさ!!

頭ではわかっていても心と身体は少しずつ慣れていくんだろうな。

わたしはそんな娘のフォローをしながら細々と家で仕事をしています。無理して疲れるとまたなんかしらの病気になるので、ゆっくり疲れない程度に。

先日の検査では再発なく、これで無事に2年クリアできました。

2年生きるのは、わたしにとって少し意味のあること。お母さんはガンを発症して2年目に死んだから。その印象が強かった。

だから、この日のMRI検査は今までで一番覚悟をしたな。いろんな覚悟をしてたから検査中、泣けた。娘の3歳をみれたんだから、もうじゅうぶん、それすら出来ないと思ってたんだから、これで再発でも長く生きたほうだ。。と考えてたから、いつも長く感じる検査がすぐ終わった。

診察までの待ち時間はなぜか?いや、本当に長くて。こんなに待たされると逆に不安。

いざ呼ばれて診察室に入ると主治医いない。初めてみる先生。なんで?こわい…

と、思ったら主治医は会議で戻れないとのことで、ホッと一安心。

その先生から再発なしで順調ですね、と。この瞬間は主治医と迎えたかったけど、まぁいいか。

んで、診察を終えて部屋を出ようとしたら、いきなりドアが開いて、看護師さんが、

「先生っ!!発作ですっ!!」

診察室の目の前に座っていた患者さんが痙攣発作。

待合室はバタバタと看護師さんや先生たちでいっぱいになって、わたしはとりあえず歩く場所がないから壁の方にたたずんで。

ストレッチャーで運ばれていく患者さん。

正直すごくこわかった。

はじめて痙攣発作の人をみたから。

その患者さんは女性でおそらくわたしと同い年ぐらい。旦那さんと来ていて、MR検査のときもわたしと同じ時間で普通に元気でいたのに。いきなり白目で痙攣してた。

その後待合室でわたしも待っていて、少し離れたところにその旦那さんが待っていて、先生がいろいろ聞きに来て。

左前頭葉腫瘍の摘出手術を随分前にして、発作は今まで一度もない、アレルギーもない、と話していて。

わたしと全部一致。

今まで発作がないから安心しちゃダメなんだ。

帰りの電車でもこわくて、心臓がずっとドクドクしてた。

同じ膠芽種の友だちに報告して、少し気持ちが落ち着きました。

娘の転園、病気発症から2年、発作のこわさ、仕事のこと、今回の地震、考えると頭と心が疲れることが多いここ最近。
家でも考えないといけないことが出てきたけど、考え方を切り替えるだけで、気持ちが楽になって、イライラもストレスも感じなくなりました。こんなに心が軽くなるなら早く切り替えてればよかったな、と少し後悔。

ずっと夢だったことは諦めることになったけど、毎日のストレスからは解放された。膠芽種は…なんでもそうだけど、ストレスが一番よくないからわたしの今回の切り替えはよかったと思うし、思わないとね。

生活環境、気持ちや考え方の切り替え、今月はたくさん変化した月になりました。

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前保育園で1番大好きなお友だちと。やっぱり同じ水筒だったね♡好きな物がいつも同じだもんね♡
一緒に飲みまくる2人 笑
こういうとき、何も言葉を書けない。

なんで。

災害は防ぎようがない。

どうか、これ以上、被害が広がりませんように。