「新自由主義とは何よりも、強力な私的所有権、自由市場、自由貿易を特徴とする制度的枠組みの範囲内で個々人の企業活動の自由とその能力が無制約に発揮されることによって人類の富と福利が最も増大する、と主張する政治的経済的実践の理論である。国家の役割は、こうした実践にふさわしい制度的枠組みを創出し維持することである。たとえば、国家は、通貨の品質と信頼性を守らなければならない。また、国家は、私的所有権を保護し、市場の適切な働きを、必要とあらば、実力を用いても保障するために、軍事的、防衛的、警察的、法的な仕組みや機能をつくりあげなければならない。さらに市場が存在しない場合には (たとえば、土地、水、教育、医療、社会保障、環境汚染といった領域)、市場そのものを創出しなければならない——必要とあらば国家の行為によってでも。だが国家はこうした任務以上のことをしてはならない。市場への国家の介入は、いったん市場が創り出されれば、最低限に保たれなければならない。なぜなら、この理論によれば、国家は市場の送るシグナル (価格) を事前に予測しうるほどの情報を得ることはできないからであり、また強力な利益集団が、とりわけ民主主義のもとでは、自分たちの利益のために国家介入を歪め偏向させるのは避けられないからである。」(『新自由主義 その歴史的展開と現在 (David Harvey)』)

定言命法 (kategorischer Imperativ, 制約なしの命令) みたいな表現だが、その実、仮言命法 (hypothetischer Imperativ): こうした「政治的経済的実践」が主張され適用されるのは、資本家 (政治的経済的な支配階級の総称名詞として使用している) の利害に適う (資本家に財が移転される) ときだけ* という条件節が隠されているから。ついでにいうと、新自由主義で「人類の富と福利が最も増大する」は、直接法ではなく希求法 (~であればいいのに) で書かれてしかるべき。

新自由主義を定言命法として信じているナイーヴな新自由主義者と、仮言命法に過ぎぬと割り切っているシニックな新自由主義者がいるんだと思う。(維新の会に所属する人々は後者か、あるいは新自由主義のなんたるかもしらずに、規制緩和、民営化を叫ぶ馬鹿のいづれか、というのが私の評価。)

*「市場に正論が通用しないことを悟った米国政府は、リーマン破綻からわずか数週間で7,000億ドル(2008/10/3の為替レート1ドル105.32円で74兆円)の公的資金の権限を財務省に与えました。さらに急遽作られた法文が曖昧だったことを口実にして、金融資産の買取りだけでなく主要9行への資本注入も行いました。金融機関の定義も拡大解釈してGMやクライスラーの救済も行うなど、異例づくめの資本注入が敢行されました。欧州主要国でも大手金融機関が続々と国有化され、アイスランドなどは国家破綻の瀬戸際に至りました。リーマンショック翌月までにドイツ、フランス、オランダ政府が発表した金融安定化策だけでも、1兆ユーロを超えました。」(わらしべ瓦版 今だから聞けるリーマンショックの深層、その本当の原因に迫る http://www.am-one.co.jp/warashibe/article/chiehako-20190702-1.html)

その他、cf. 新自由主義 その歴史的展開と現在 みんなのレビュー 新自由主義の認識を刷新する著作 2007/03/15 14:07  投稿者:さすらいのペシミスト https://honto.jp/netstore/pd-review_0602759951.html