前回、地元の山(米田白山)のことを書きましたが、
米田白山と私が住む地域に深く関係する、その道では有名な僧侶がいます。
その名を 播隆(ばんりゅう)
江戸時代後半の浄土宗の僧侶です。
その功績の最たることは、北アルプス「槍ヶ岳」を開山したことです。
槍ヶ岳と言えば、百名山の代表格、登山者憧れの名峰です。
登山愛好家からは、『日本初のアルピニスト』とも呼ばれています。
そんな播隆がどう米田白山と地域に関わっていたかというと、
米田白山の稜線下に、播隆が修行した「三鉢洞」という修行窟があります。↓
そそり立つ岩壁の下にあります。
この窟に辿り着くには、急な斜面をロープをつたって降下しなければいけません。
米田白山は今でこそ、低山ハイクを楽しめる山として多くの人に親しまれていますが、
播隆窟は知る人ぞ知るスポットです。
知る人ぞ知る、なもので、ここに来て人に会ったことがありません。笑
播隆の当時の佇まいに想いを馳せます。
播隆は、米田白山の三鉢洞以外にも近隣で修行していたそうです。
そして最期は住んでいる美濃加茂市でその生涯を閉じています。
美濃加茂市の祐泉寺には、播隆の歌碑があります。
世の人の 恐れ憚る槍の穂も
やがて登らん われ始めて
彼は自分が槍ヶ岳の登って満足するだけでなく、
たくさんの人が槍ヶ岳の魅力を享受できるように、
頂上直下の岩場に大綱や鎖をかけた。
なかなかのお人が郷里にいたものです。





