沈む夕陽と木曽川をバックに満開の桜。
先週土曜日は、霞間ヶ渓で朝陽に照らされる桜を見たけれど、
月曜日に見たこの桜は、また趣が違って、
この先に散ってしまうことを、予告するかのような儚さがありました。
沈む陽はまた昇り、
今年散る桜も来年咲くのだろうけど、
やはり「焼き付けておきたい」と思います。
『散ればこそ いとど桜はめでたけれ』
と歌われますが、
儚く散ってしまうことを知っているから、
桜は鮮やかに咲き誇るのだと思えてならないし、
人の命も、
限りあるからこそ、その魂を燃やすのだろうと。
日一日、この時、この刹那を噛み締める一週間になっています。