今年は、桜を色々な場所、時間で見た。
 
例年以上に。
 
 
 
 
今までは、「来年も桜は咲く」と漠然と思ってきた。
 
 
 
しかし、家の前の土手のスイセンの咲き方が
毎年違うように、

 

 

 
桜の咲き様にもその年「らしさ」があるはずで、
 
2026年の桜は、
 
間違いなく一度限り。 
 
 
 
 
 
そんな風に、その年限りの桜だと思うようになってから、
 
 
桜を見る「目」が変わった。
 
向かい合うように見るようになった。
 
 
 
 
 
 
 
母親が高遠の桜を見ながらつぶやいたこと。
 
 
「桜は自分の目で見るのが一番いいね、写真じゃなく」
 
 
その通りだ。
 
写真は、実際に目にしたものには遠く及ばない。
 
 
 
 
 
 
 
私が好きな竹内まりやの曲、
 
「人生の扉」
 
 
その歌詞の一節にこうある。
 
 
 
満開の桜や 色付く山の紅葉を
 
この先いったい何度 見ることになるだろう
 
 
 
 
 
 
母親は今年78になる。
 
詞のような気持ちになるのかは知らないが、
 
満開の桜も頑張れば数えられるくらい、なのかもしれない。
 
 
 
 
その年の「らしい」桜を愉しんで欲しい。
 
 
 
 
もちろん、私も愉しみたい。