昨夜9時過ぎ、パソコンでYahoo! Newsを見ていたら、山田太一氏死去のことを知りました。

89歳、老衰とのことですが、あれだけの作品を書き残せば、脚本家として思い残すことはないでしょう。作品名と作家名が一致しない脚本家が多い中、この人ほど作品名を聞けば、すぐに山田太一の名前が思い出せる脚本家も珍しいのではないでしょうか。つまり、作品に作家性があったということでしょう。

 最近のドラマは、観ていても、最後のクレジットタイトルを観るまでは、誰が書いたか分からないし、こんな脚本家いたっけ? というドラマがほとんどです。しかし、山田氏の書く作品は、脚本家の名前を知らないで観ていても、これはきっと山田太一作だなと分かるくらいの、個性的な作品ばかりでした。

 その中でも、私が一番のお気に入りは、田宮二郎主演の『高原へいらっしゃい』です。

 

 

 リアルタイムで観たのではなく、再放送で観てすっかりハマってしまって、オートバイで中央自動車道を使って、このドラマの舞台である八ヶ岳高原ロッジまで行きました。その建物を目にしたときには、さすがにジーン!! ときました。中に入ると、ドラマのように、

「八ヶ岳高原ロッジへ、ようこそ」と、受付のカウンターで、田宮支配人が出迎えてくれるかと錯覚していたら、土産物屋になっていて、ちょっとがっかりしましたが----。

 

 アクションスター・田宮二郎と辛口のホームドラマ作家・山田太一の組み合わせは、どうみても、ミスマッチだろうと思ったのですが、これがどうしてどうして、なかなかのはまり役でした。

 山田氏クラスの超一流脚本家になると、きっと主役は誰々でと、プロデューサーに進言できるのでしょう。

『男たちの旅路』の鶴田浩二にしても、あのヤクザ映画の鶴田浩二と山田太一作品では、どう考えたって合わないでしょう。と思っていたら、これまた見事なアンサンブルでした。

 当初、鶴田さんは、この作品のオファーを断ったそうですが、山田氏に直接会いたいと申し出て話し合った結果、出演を快諾したそうです。それまでNHKとは絶縁状態だった鶴田氏は、その後彼の遺作となる『シャツの店』でも、山田氏とタッグを組んでいます。まさか、あの鶴田浩二がミシンを踏む役をやるなんて、誰がキャスティングを思いつくでしょう。ドラマや映画の良し悪しは、かなりのパーセンテージ、キャスティングで決まりますから、見事なセンスの良さです。

 ちなみに、山田氏の代表作『岸辺のアルバム』の八千草薫さんのやった主婦役は、当初、岸惠子さんだったそうですし、黒澤明監督の『羅生門』も、京マチ子さんのやった真砂役は、原節子さんだったと言いますから、キャスティングはセンスが問われます。

 

 山田氏とは一度お会いしたことがあり----と言っても、某シナリオ教室の基礎科の山田氏の講義のときでして、一番前の席に陣取り、質問タイムのときに、ここぞとばかりに何度も質問をしたら、「あなたばかりでは何なので----」と、他の人の質問に答えられたことがありました。が、それも、今となってはいい『想い出づくり。』でした。

 

 シナリオ作家の組合に入るには、協会員の保証人がいるのですが、山田氏の保証人は、私のシナリオの師である直居欽哉氏がなっていました。

 あるとき、直居氏のお弟子さんの一人が、「先生、山田太一氏に紹介していただけませんか!?」と直居氏に頼み込み、会う約束をしたのですが、こともあろうに、その人は遅刻してしまったそうです。当然、山田さんはもう約束の場所にはいませんでした。そりゃあ、そうでしょう。当時、2年先までシナリオ執筆のスケジュールが埋まっている、超売れっ子で多忙な脚本家が、いつまでも待っているわけがありません。私も、他の仕事をやっていたときに経験がありますが、余裕を持って家を出たのに、そういうときに限って電車やバスが遅れるんですよね。

 

 最近、山田太一氏も含め、日本が一番勢いのあった高度経済成長期にデビューした、石原慎太郎(作家・政治家)、三宅一生(ファッションデザイナー)といった時代のトップランナーたちが、次々と世を去っていくのを知るにつけ、時代の変わり目をヒシヒシと感じるのは、私だけでしょうか----。

『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし』

                       「方丈記」 鴨長明

 

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