幸い、朝起きた時には痛みは治まっていた。

 食欲がなかったが、何か食べておかなくては体がもたないと思い、バナナを1本だけ食べた。腸が炎症を起こしているのだから、食べた物がその炎症部分を通過する時に痛くなるのだろうと思い、先手を打って痛み止めの薬を飲む。この薬は飲み過ぎると体に悪いのか、一日三回までと用法には書いてある。しかし、まだ一個目を飲んで、15時間ぐらいしか経っていないのに、もうこれで4個目だ。

 この痛み止めの薬は10個しか処方されていなかった。次にクリニックに行くまで足りないので、今日もクリニックに行き、病状を説明して薬を処方してもらうことにした。

 12時10分に予約が取れた。クリニックに行くとなると痛みが治まるのだから不思議だ。それともこの病気は、じっとしているより体を動かしている方が痛くならないのかな? と思ったりもした。

「この痛み止め、一日三回しか飲んではいけないと書いてあるんですが、それ以上飲んではいけないのですか? もう4錠も飲んでしまったのですが---」

 と、先生に訊くと、

「五回までなら大丈夫でしょう。一回の処方で、10個以上出してはいけないんですよ。まあ、私の見た限りでは、腸炎に間違いないと思います。だから、これ以上の検査は必要ないと思いますよ」とのこと。

 実は、前に診てもらっていた先生は、30代ぐらいの女の先生で、産休で長いこと休んでいたので、初産で育児ノイローゼにでもなったのかと心配していたら、そのまま退職してしまった。

 その先生は、いつもオーバー気味に診察してくれ、

「ひょっとすると、癌かもしれませんね」

 と言うのが口癖で、すぐに胃カメラ、大腸検査をしてくれた。

 そのお陰で、良性の大腸ポリープが見つかり、良性でも、ほっておくと悪性に変異するらしく、その場で切除してくれ大事には至らなかった。

 今となっては、懐かしいフレーズだ。

 

 

(ブログ 2019.5.29 『胃カメラ検査』  6.15 『大腸内視鏡検査』 参照)

 

 患者の立場からすると、検査でカネがかかっても病状がはっきり分かった方が安心なのだが、今度の先生は、慎重なのか検査を渋るところがある。

「胃癌か大腸癌ってことはないですよね---?」

 心配になったので訊いてみた。

「この前、検査したのは---2年前ですよね。そんなに早く癌はできないですよ」

 と、先生はカルテを見ながら言った。

「でも、歌手の越路吹雪さんが、半年に一回胃カメラ検査していたのに、その時だけ仕事が忙しくて胃カメラ検査をしなかったら、胃癌ができていて、手遅れだったという話を聞いたことがありますが---」

 と、言おうとしたがやめた。

 専門家に、門外漢が、「でも---しかし---だから---」と反論するのは禁句だ。プライドを傷つけられたと思うのか、いやな顔をすることを、私は経験上知っていた。

 お医者さんとは、良好な関係を維持しておきたい。

 

 家に帰って、うどんで昼飯を済ませると、また左下腹が痛くなり、痛み止めを飲む。この痛み止め、4時間しか効果がないらしく、4時間ごとに痛くなり、立て続けに痛み止めを飲んでしまい、昨日貰った7錠全部飲んでしまった。やはり、今日クリニックに行って、薬を処方してもらったのは大正解だった。

 その頃には、

<こりゃあ、重症かも---。先生はああ言ったが、やはり胃癌じゃねえのか? いや、大腸癌かもしれない。腸が炎症を起こしたぐらいで、この痛さはないよな--->

 と、思わずにはいられなかった。

 夜8時半頃に、薬を飲んで早めに寝る。しかし、11時頃左下腹の痛みで目が覚め、我慢できなくて、また痛み止めの薬を飲むも、以前のように30分ぐらい経っても効かなくなった。もう我慢できなくて、救急車を呼ぼうかと思ったほどだ。すぐ近くに徒歩4分ぐらいの所に救急病院があるが、とても歩いて行ける状態ではない。

 救急車を呼ぶのはいいが、このご時世、「あそこの人が深夜、救急車で運ばれてた。ひょっとして新型コロナではないのか?」と、噂になっては大変だ。

<げに恐ろしきは、風評被害だ。それとも---これって熱が出なくて、お腹だけ痛くなる新種の新型コロナウイルスかな? そうだとしたら、俺がその第一号ということか---?>

 なんて、悪い方へ悪い方へと考えてしまう。

<救急車を呼ぶより、痛み止めの薬を2錠飲んだ方が得策だ>

 と考えて、30分しか経っていなかったが、2錠目を飲む。それが効いたらしく、10分ぐらいで痛みが遠のき、なんとか眠れた。次の日も昨日同様、薬を飲むと痛みが去り、また3、4時間すると痛みが襲ってくるという繰り返しだった。

 一番苦しかったのは、その夜だった。2時間おきに痛み止めの薬を飲んでも痛みが去らず、昨日のように痛み止めの薬を2錠飲んでも効かなかった。

<このまま死ぬのかもしれない? 最後の最後で、こんなに苦しむとは思わなかった。こんなことになるのだったら、身辺整理をしておくのだった>

 救急車を呼ぶ覚悟を決めて、病院に持っていく物を用意した。

 診察カードを探して財布に入れ、今飲んでいる薬の種類を書いた用紙、スマホ---。そこまで用意して、

<待て待て、最近新型コロナウイルスの感染者が救急車で運ばれることが多いから、救急車の中は、新型コロナウイルスが残留しているかもしれない。それに、救急隊員が口の悪い人で、「なんだ、救急車を呼ぶほど重体じゃないじゃない。新型コロナの患者搬送で忙しいんだから、こんなことで、救急車を呼ぶなよな」なんて言われたら、立つ瀬がない>

 私は、大いに悩んだ。私は、即断即決ができないタイプだ。たまに、焦って決断すると、いつもフライングして後悔していた。しかし、痛みは一向に治まらない。

<ええ~いッ、こうなったらやけくそだ!! もう一錠痛み止めの薬を飲んで効かなかったら、救急車を呼ぼう---!!>

 と覚悟を決め、3錠目を飲むと、なんとか痛みが去った。

<おい、お前、正気か---!? こんなに立て続けに痛み止めを飲んで、大丈夫か---!? 副作用で死んだらどうする? 睡眠導入剤が入っているので、このままぐっすり眠って朝が来ないかもしれないぞ>

 と、一昨日と同じことを思っていると、急速に意識が遠のいていった。

 

                                      つづく