残念ながら、江波さんの出世作映画、『女賭博師シリーズ』は見ていないが、1973 年ATG製作の映画、『津軽じょんがら節』を、テレビの深夜劇場か、映画館のATG特集で見たような記憶があります。江波さん演じるヤクザの情婦が、年下のヤクザ者(織田あきら)と、東京で何かの事件に巻き込まれ、一緒に彼女の故郷の青森の漁村に逃避してくるという映画だった。監督は、日本のクロード・ルルーシュ(フランスの映画監督・代表作『男と女』)ともいえる、映像美感覚を持ち味とする斉藤耕一氏。赤いコートを着て、荒海の波が打ち寄せる砂浜で、ロングヘアーを潮風になびかせた江波さんが印象的だった。まるで、フランス映画を見ているようで、江波さんが『男と女』の主演女優、アヌーク・エーメみたいで、素晴らしかった。

 私の記憶に残っているのは、フジテレビで2009年に放送された、草彅剛主演、『任侠ヘルパー』第7話で、病気で余命いくばくもない元小学校の校長まで務めた先生役だ。家族がいないので、死んでも誰も来てくれないだろうと嘆いていたら、死後教え子たちが大勢葬式にやってくるという、米中合作映画、チャン・イーモウ監督、チャン・ツィイー主演『初恋のきた道』を彷彿(ほうふつ)させる、感動的なストーリーだった。

 

 今回の死去のニュースを知り、ウィキペディアで検索すると、な、なんと、江波さんの曾祖父の植木職人・柴田平五郎さんは、あの新選組一番隊隊長・沖田総司が、労咳(ろうがい・現在の肺結核)で療養していたとき、離れを借りていた家の持ち主だったとか。そういえば、司馬遼太郎さんの小説、『燃えよ剣』に、植木屋平五郎として出ていたような気がします。どうして江波さんは、こんな新選組ファンにとっての、お宝情報を公表しなかったのだろう? それとも---事情通の私としたことが、知らなかっただけなのか!? そうだとしたら、不覚! 未熟!! 

 沖田総司ファンの私は、いつも東京渋谷区にある、千駄ヶ谷駅近くのそのあたりを車で通るとき、「ああ、この辺で沖田総司は、誰にも看取(みと)られることなく、寂しく死んでいったんだなあ---」と思っていたものです。(ブログ2021.3.28『沖田総司の恋』http://ameblo.jp/ikusy-601/)

 沖田総司は、その家から、中野坂上近くにあるお寺まで、よく籠(かご)に乗って通っていた(距離にして、5、6キロ)。そのお寺には、千葉県の流山で捕えられ、板橋の刑場で処刑された新選組局長・近藤勇の妻と娘のたまちゃんが、身を隠すために疎開していたという。

 私ごとではありますが、以前そのお寺には一週間に一回、座禅に通っていたことがあります。この事実を知ったときは、「妙なめぐり合わせだな」と、思ったものです。

 沖田総司といえば、近藤勇、土方歳三、永倉新八などの写真はあるのに、何故か、彼の写真だけないんだよなあ---。沖田総司の次姉キンさんが、彼の写真を持っていたという、長姉ミツさんの証言もあるが、定かではない。ひょっとして江波さんの曾祖父の平五郎さんは、沖田の遺品として預かっていたのでは? 沖田の愛刀、菊一文字則宗(時価1千万円以上)も幕末のどさくさに紛(まぎ)れて、行方不明だという。その行方も、平五郎さんは、知っていたのでは? 

 江波さんに、生前に会って、このことを訊きたかった。この二つが見つかれば、歴史的大スクープだぜ---!!

 江波杏子さんの、ご冥福をお祈りいたします。

 

                                         

『新選組』映画の決定版とも言える、1969年三船プロダクション製作作品。近藤勇(三船敏郎)、土方歳三(小林桂樹)、沖田総司(北大路欣也)、芹沢鴨(三國連太郎)。

惜しむらくは、土方歳三に仲代達矢、沖田総司に田村正和(当時26歳)さんをキャスティングして欲しかった。
                    

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