前に読んだ「風に恋う」も吹奏楽部を舞台とした青春物語だったから、同じ作者の同じ分野の作品でどこが違うかと興味があった。

「風に恋う」は、今や弱小となってしまった吹奏楽部が再び全国大会に返り咲くまで、こちらの作品は、上位大会に勝ち進むことを目標にしてはいるが、吹奏楽を通じて弱い自分が変わっていくことの方に視点を置いている印象だ。

だから個人的にはこちらの作品の方が共感できたかな。
上位大会に勝ち進んでいくのは、ちょっとメンバーが変わったとか気持ちの持ち方だけでは難しいと思うので。

この作品では、地区大会は通過できたものの、その上の大会では敗退してしまう。
それこそが現実だ、参加した多くの学校のほとんどは敗退するのだから。
この作品はそこからも続く主人公たちの物語を描いているのが良かった。


それにしても主人公の志音は音楽初心者、ドラムを始めて数ヶ月の自主練くらいで楽譜を難なく読めて思うようにリズムを刻むことができ、忘我の域にまで入り込めるとは天才か。出来すぎじゃないかな。
そういう設定とかがどうしてもご都合主義に見えてしまうんだよね…
そこがこの作者さんの作品について、つい白けてしまう原因かなと思う。


主人公の志音と大志、それぞれ中学時代に経験した辛い出来事から、心に大怪我をしてしまって高校では臆病になっていた。
そこから高校の吹奏楽部で仲間を得、さまざまな感情を経験して強くなり、最初と最後では人が違ったように逞しくなっているところは、彼らの成長を感じる。
本当、2人とも最初と最後では全然違う人間になっている。
青春物語の1つとしてこれもいいなと思う。

とはいえ、基本的に問題を気持ちの持ち方で解決する方向性なのはこの作品も変わらない気がする。

大志がトラウマを乗り越えるために、「東日本大会への出場を口に出す」という関門は乗り越えたけど、実際に上位大会へ進むためには、演奏面で合格ラインに達しなければならず、でもそこの苦労については具体的なものが全然描かれてないと思うんだよね…

目指す大会、そこまでにあった現実的な困難はどんなものか。
上手い部員と下手な部員との軋轢だったり、上手くなるためには練習量だという人と効率の良い練習内容だという人の対立だったり、声が大きい部員の意見ばかり目立って水面下で物言わぬ人たちの不満がたまっていたり、部長やリーダーたちと部員との温度差を埋めるのに苦労したり。
または、なかなか演奏が上手くならない人がいたり、合奏してもみんなバラバラだったり。

そんな困難を大志は部長として、志音は部員として何を考え、どうやって切り抜けたか、そういうドラマを私は読みたい。
その点では、やっぱり全体的に深掘りがされていないし物足りない気がした。
表面だけ引っ掻いてる感じ。

大人の立場としては、顧問の土子先生が良いなと思った。
部員に対しいつも敬語で穏やかな話し方をしていて、「お前は」「◯◯しろ」「わかったな」みたいな言い方はしないし、いつも冷静に説明している。
毎年、吹奏楽部の指導者講習会に行って勉強する謙虚さもあるけど卑屈ではないし、いい味出してる。
何というか理想の上司像みたいに思えて、ストーリーより先生のキャラが印象に残った。