読むのに時間がかかったわー
本当なら細切れじゃなくて、ある程度一気に読みたいなあと思う作品だった。
500ページ超の分厚い本である。
ネットで見た作者さんのお姿は厳つく見えたのだが、読んでみると感情を交えない淡々とした文で、インテリっぽさを感じ、良い意味でギャップだった。(失礼かな…)
エネルギッシュでパワフルでもある。疾走感のようなものも感じる。
しかし青春のように爽やかというわけではなかった。物語の中心人物、土方コシモが10代という若さだったにもかかわらず。
麻薬産業を題材にした世界規模のノワール小説、またはクライムノベルなのである。
舞台はメキシコの田舎町から始まる。
麻薬密売人のカルテルが牛耳っていて、通常の正義が死んだ町。そこから逃れてなんとか日本にたどり着いた女、そして男。
女が流れ流れて川崎に来て、ヤクザと結婚し、産んだ子どもが土方コシモである。女は麻薬にはまって育児放棄し、コシモは学校にも馴染めず孤独に過ごし、体が成長すると両親を殺して少年院に。
創作に才能を見せたものの、退院して繋がった先は麻薬密売人のグループで…
また、メキシコの町から逃げたもう1人の男は、麻薬カルテルのボス兄弟の1人でバルミロと言い、敵対カルテルに急襲されたところを自分だけ運良く生き延びて、日本に流れてきた。
彼は日本で闇ビジネスを立ち上げて再びのし上がろうと考え、犯罪グループを作り、かつてメキシコでやっていたように、殺し屋まで育成し始める。
コシモは、生来の並外れた腕力でバルミロに目をつけられ、殺し屋にと見込まれる。
彼はすぐにバルミロに「断頭台」という呼び名をつけられて、可愛がられるように…
これだけならまだ普通のクライムノベル。しかしバルミロの信奉するアステカ文明の神々、テスカトリポカなどによって狂信感が増し、全体が血にまみれ獰猛さに満ちた話になっている。
人間に対し獰猛という言葉は獣扱いみたいだけど、全くその言葉通りなのだ。
アステカの神々は謎と呪いに満ちている。神に生贄の心臓をを捧げる風習があったという。
アステカの神を深く信奉するバルミロは、日本で麻薬密売人ではなく心臓密売人としてビジネスを始め、心臓提供者となったのは無戸籍児童たちであった…
子ども時代、誰にも気にかけられなかったコシモが初めていろいろ教えてもらえ、価値があると思ってもらえたのが犯罪グループというのがなあ…
コシモは2m超えの大男に成長したが、精神的には子どものようなところがあり、比類なき残虐さを見せるかと思えば、無心に「作ること」に熱中し、人から教えられたものに夢中になる。
クリエイティブな才能もあったし、大きいからバスケ選手にもなれたかもしれないけど、ことごとくそんなチャンスは彼を通り過ぎていったんだよね。
少年院退所後に働いたナイフ工房のオーナー、パブロが人として情を持ってたのが救いだったが、パブロもまた麻薬密売人の一味に引き込まれてしまった人だったのが哀しくて、圧倒的暴力を前にして抜け出せない無力感を感じる。
しかしそんなパブロがコシモに差し出した「情」の形が温かかった。
私はここがグッときた。残虐で獰猛な奴らばかりで、なんでこんなに暴力ばかりの世界に生きて、人を無慈悲なやり方で殺して平気なんだろうというのが、安全な環境で育った私には、真に理解できないんだろうな。だからこそパブロが人としてまともな心を残していたところにホッとしてしまったのだ。
コシモはしかし、彼なりの理由でパブロの厚意を受け取らず、良いと思える方法をとったんだろうと思う。
子どもの頃、世の中に居るとも居ないとも認識されなかったように、これからも大衆に紛れ、存在しているのかいないのか、わからない形で生きていくのだろうと感じた。
彼はもしやテスカトリポカの現し身、神だったのかな、と思わせられるような、掴みどころのない消え方であった。
それにしても、スペイン語が不思議な魅力があって、次第にカッコよく思えてくるという、平凡にすぎる感想しか書けない…もどかしい。
これだけ人が麻薬に溺れきって、なりふり構わなくなって、尋常じゃない死に方をするのがすごすぎて、良識などどっかに飛んでいってしまいそうなのだが、しかし、なぜか面白かった。印象深いこと間違いなしである。