59社も採用試験に落ちて、大卒後はフリーターになるしかなかった青年、伊藤雷。
二流大学卒、頭もスポーツも容姿もパッとしない彼に比べ、弟はイケメン、京大法学部に合格して文武両道の鑑。
両親は分け隔てなく愛してくれたが、雷は言いようのないコンプレックスと諦めを抱えていた。

そんな雷はある日突然、源氏物語の世界に転移してしまうのである。
そこで、桐壺帝の正妻・弘徽殿(こきでん)女御と息子の一宮に会うが、一宮の異母弟はかの有名な光源氏だった。
容姿、芸、気品、全てにおいて秀でた光源氏に比べられる一宮の辛い立場に共感した雷は、たまたま持っていた源氏物語のあらすじ本を頼りに、弘徽殿女御の専属陰陽師・伊藤雷鳴として重用されていくが…



「異世界に転移したらチート能力持ちでハッピーになりました」みたいな、よくあるパターンかと思ったら、さすがにそんなつまらない話ではなかった。

源氏物語の中に入ってしまった雷鳴は、誰もが褒めそやす光源氏の影になってしまう一宮の気持ちがわかることもあり、桐壺帝に蔑ろにされている正妻・弘徽殿女御の方に肩入れするのだが、弘徽殿女御自身がものすごく強い女だったので、学ぶことも多かった。

それにしても光源氏、冷静に見ると、不仲な正妻と同時進行で、年上女やら身分の低い女やら、兄の妻候補やら、いろんな女性にちょっかいかけるという恋多き様子が、ちょっとホンマとんでもないな!
私、これでも昔「あさきゆめみし」読んでたんですけどね…
「あさきゆめみし」は美しかったけど、光源氏は今見たらそれほど良いと思わないかも…。

そんな華やかな一流の男を傍目に見ながら、雷鳴は必要とされる場があることの充実感を感じ、また結婚して等身大の幸せな生活を掴み、ずっと平安時代にいたいと思ったほどだった。
しかし、出産を機に妻と子を亡くして虚しい日々を送ることに。その上、26年間もいた平安時代から、何の前触れもなく突然戻ってきてしまう。

いろいろな経験をしてきて成長した雷が、愛する平安時代の人たちとずっと一緒にいるために、考え出した方法は…


雷が、飛ばされた平安時代で不平不満の塊になることなく、良いところに気づいて好きになっていく素直な心が良かった。妻は世間的にはブスだったけど、なんか可愛いなと思い、素直に愛情を注ぎ、幸せな夫婦関係を作っていくのが良かった。何年経っても、死産した娘と死んだ妻に、ふとした時に語りかける愛情深さが良かった。
現代では認められにくかったけど、雷の良いところはちゃんとあって、それは真っすぐな心を持っていたことじゃないのかな。

雷のそんな人生が、この物語を、思った以上に心に残るものにしたと思う。
単に、将来の出来事を知っていることが有利で、勝ち組となっただけのストーリーだったら、きっとつまらなかった。

雷の人生って考えてみたら、自分の意思でなく勝手にポイポイ飛ばされたり帰ってきたりして、かなりひどい目にあったと思うけど、翻弄された結果、何かを掴んだというのが唯一の救いなんだろうな。
それは愛だったと思うけど、寂しさを伴っているのが、ものすごく…何だろう、辛いのだが、雷の人間性に深みを与えたという気もするのだった。

なんせ、思った以上に良かった。
意外にも、読み手の心にまで、グッサリ何かを刺していったような気がする物語。