この殺し屋シリーズ、1作目はハードボイルド系、2作目はエンタメ系といった印象だったんだが、3作目のこれは「味わい系」とでも言ったらいいだろうか。
不覚にも私は泣きそうになりましたよ。
伊坂幸太郎の持ち味なんだろうけど、全体的に感じる飄々としたおかしみ、これはずっと健在である。
ただ前作ですごかった複雑で用意周到な伏線、それからその回収の妙が今作にも用意されているものの、それがメインではないんだろうな、と思った。それよりも1人の殺し屋の人格を描くことに注力されたんじゃないだろうか。
「マリアビートル」から数年後の世界。
今回の主人公、兜も凄腕の殺し屋だが、妻と息子がいて、もちろん兜の仕事のことは知らない。
家族の安全のために殺し屋を辞めたいが、仕事の仲介人にはなかなか辞めさせてもらえず、何年も危ない橋を渡って仕事している。
しかし、ある時から本気で辞めることを仲介人に伝えると、兜を消そうとした仲介人から同業者を差し向けられ…
この兜がすごく恐妻家で、妻の機嫌を損ねないようものすごく気を遣って暮らしていて、一見窮屈そうに見える。
息子にはそれを見抜かれていて、お母さんに怯えすぎだろう、と思われている。
情けない父のようにも見えるが、だんだん不器用で素朴な愛に見えてくる。殺し屋なのに善良に感じられるというマジックに、今作でもかかってしまった。
仕事相手と対決中に、子どものマネキンを倒してしまった兜は、人形だろうと放っておけなくて、殺し合ってる最中なのにマネキンを丁寧に元に戻す。このシーンが私は印象的だった。
また相手もそれを黙って手伝う。相手も実は同じように子を持つ立場だったのだ。これ以上戦いたくない兜とそれを理解した相手に通じ合うものが生まれ…
危険から家族を守りたい気持ちと、殺し屋をしてきた自分を省みると自分の家族だけ守るのはフェアじゃないという気持ちの間で揺れ動く。
両方の気持ちを大事にしたいけど両立しないと思っていた兜だったが、第3の道があった。
最後の方は息子の克己がメインになってきて、兜が表立って見せなかった家族への愛情や真心を発見していくのが嬉しかった。
傍若無人に見えた妻さえ、ちゃんと兜に愛情があったんだなと思って、それも良かった。
それで、このシリーズ全てに言えるのだが、作品中に出てくる「本当の悪人」は、必ず因果応報の目に遭うのである。それが地味にスッキリするし、読後感を良くしている。
これもそうで、殺し屋は人を殺すので確かに悪いのだが、自分の手を汚さずに人の弱みを握って脅したり、言葉を弄して操るような舐め腐った真似をする人間を本当の悪としているところが、このシリーズでは一貫していたと思う。