流山でスローライフを楽しむのがいくこSTYLE照れ音譜
 
今日はなんだか鬱陶しくて蒸し暑い笑い泣き
 
何だかバタバタしている今日この頃。
今日はちょっと、お家でやることやる日にした。
 
ふと子供の頃を思い出した。

無邪気な頃の自分で一番好きな写真だラブラブ

時代を反映させる白黒写真に藤の椅子。

おそらくおじいちゃんの家に行った時の写真ね。

 

4月生まれの私は、飛び抜けて背が高かった。

割と何でも覚えるのは早かった気がする。

そりゃあそうだ!3月生まれの子と比べたらほぼ一年早く生まれているのだから覚えることも早いはず。

 

そして、小学校に入学して、私の記憶によれば確かにお勉強は良く出来ていた。

別に勉強するわけでもなくて、必然的に早く生まれたから。

スピ的に言うともしかしたら、前世の残り香もあって知っているから出来るのかも知れない。

そうすると親は欲を持ってくる。

もっともっと出来るはず。と思うのも世の常。

そんなことを思い出してしまった叫び

 

高学年に行くにつれて、大好きな母なのだが、やればもっと出来るのに~。という言葉をよく言われたことを思い出した。

私は、あまり競争意識のない子供だった。

見方を変えれば、勝手に出来ると思っていたからだ。

「自分の中にはやらなくても出来る子だと思っていたビックリマーク

だけど、母は、「やれば出来るのにビックリマーク」が思いだったのだ。

そこに多分意思の疎通があったんだ!そんなことを思い出した。

多分母は努力の人だったのだと思う。

努力して一番を取っていた人。

そして私は努力しない子。それで十分出来る子だったのだと思うのだ。

別に一番を目指していなかった。だって勝手に出来るのだからそれでいい。

 

しかし、そうすると、自分の中で混乱する。

自分は、やらなくても出来る!と思っているのに、大好きな母は、やれば出来るのに。と言う。

そうすると自分の潜在意識が壊れていく。

 

当時の時代は、今よりもっと常識的で努力はつきもの。三高の極みの時代。

一番取って、いい学校に行き、良い就職先。女子なら玉の輿狙いかな?

そんな時代で、母が正当な生き方だった。

私は生まれる時代が早すぎたのか?

 

その私は、小学6年生で中学受験を選んだ。

憧れのお姉さんが着ていた制服がカッコよかったから。

その国立の中学校を受験した。

やっぱり、大した受験勉強はしなかった。

でも運良く合格した合格おまけに合格してもくじ引きが付いて回る国立だが、なぜか女子だけ例外でくじ引きがなかった唯一の年だった。

くじ引きがあれば、合格していてもはずれを引くとこの学校には入れない。

ラッキーだった!!

そして私は、その学校に入学した。

私は、その春休み何もせず遊び続けた。

漫画を読み漁った。

 

入学してすぐにテストがあった。何も勉強してない私の成績は散々だった叫び

やはり、中学になったら勉強は必要不可欠だったのだろうか?

それとも、私の真のやらなくても出来る思いを貫けたらずっと、それが正解の私だったのだろうか?

母は、一層やれば出来るのに!!の思いが強くなっただろう。

私も私が信じられなくなってきたのだろう。

 

もしも、私の本質を親は見抜きそこを伸ばしてくれたならば、今は誇り高き何の努力もせず楽しんでいても何事にも成功する私が出来上がっていたのだろうか?

 

私だって同じで、息子があまりに私と違うので、どうすれば良いのかわからず、翻弄したことがある。親は子供の良さを伸ばすということが一番難しいのだろう。

 

母を責めているのではなくて、大好きな母だからこそ、子育ては難しいな~。と思っただけ。

 

今の自分がすべて想いが叶わないことに子供のころにヒントがある。

ということをちょっと読んだので私は子供のころどうだった?と思い出してみた。

ピンポイントはこんなこと思い出したが、総合的に子供の頃の私って世の中で一番幸せ!!

そうも思っていたびっくりこれは何でなのだろうか?

自分が面白いと思うこと。

 

ただ、今の時代は常識を覆すことが大事な気がする。

 

それには、やれば出来るのに!!という親の愛情が今の時代には合っていない。

そこを取り払いましょう。

今もその母のフレーズがリフレインする。

もう母は天国にいるので、私が自分で外すしかないのだ。

 

基本的に私は覚えることが嫌いだった。

特に歴史の年号を覚えるのが嫌だった。

なぜって?何百年も前の時代の何年を覚えてどうなるのだ?

やっぱりこう言うことになる!

 

私たちの時は、「良い国作ろう鎌倉幕府」1192年それは、間違いらしかったようで、今は、「良い箱作ろう鎌倉幕府」1185年なのだそう。

まあどっちでも良いけど、そう言うことになるのよ。だって誰も見て来た人は生きてない。

 

そういう意味では、数学はちゃんと答えが出るから好きだったけど。

 

たぶん子供は自分がちゃんと選択していくのだと思う。

過去の子供の私に、今の私が、やらなくても出来る子だったね。

遊んでてもちゃんと必要なことはチョイスできてたね。

すごいよ~!小さい時の私照れ!!合格

そうやって、書き換えてあげようラブラブ

 

それが今の私に反映してくるはず!!

 

特に今の時代。

良い学校に入っても、大手企業に入っても、万が一玉の輿に乗っても、明日はどうなるか解らない。

まして~!あ~!言われてたな~。

あばあちゃんも言っていた。医者になれと。

あ~!解剖なんて出来ない私。無理無理!!

医者と結婚しろ!!玉の輿と言うことね。

それもお金儲けの上手なね。

もちろん!素敵なお医者様はたくさんいる。

どうやって、病気の人を治すかに力を注いでいる。

でもね。やはり、看護師さんと○○。とかどこかに愛人が。。。とかテレビの見過ぎ?

私の友達が医者になってる人も多い。その騒動を先日も聞いた。この年でもまだ有りなの!?離婚したらしい。

 

これも私には無理な話。だし、今後の時代医者が玉の輿ランクに入るかと言えばどうだろうか?

それより、玉の輿と言う言葉がなくなると思う。

 

それくらい時代は変化しているのだ。

 

それぞれが、自分らしく輝く時代に、学歴も何も関係ない!

「世界に一つだけの花」になることだけに集中すればいいのだ。

 

私は私らしくをこの年でも作って行くこと合格

 

そんなことを思う今日なのだ~ビックリマーク

 

いくこSTYLE晴れ