・・・彼女の知り合いの裕福なお宅のお母さんは新婚当時からティーセットを集めるのが趣味で、最低6ピース、最高21ピースのものが、大きな食器棚6台と物置に詰め込んであったという。お母さんは体調を崩して老人施設に入り、その代わりに実家に戻った娘さん夫婦は、自分たちには使い途がない食器のあまりの量にびっくりして、処分するのに一週間かかり、夫婦ともぎっくり腰になりかけたという。
 
 
                        群ようこ 『これで暮らす』 より
 
 
 
 
群ようこは20代30代のころ、新刊を楽しみにしていた作家だ。今はこういう、暮らし方や自分に合ったアイテムを探しているような実用本的なものが多いかな。参考にはなるのだけれど。
 
 
 
 
 
富裕層といわれる人たちがいる。
以前はその人たちが住む豪邸という広く大きな家や、何台もの車や調度品、お客さんが大勢でも足りる何ピースもの高級食器、そういうものを羨ましく思う人が多かったと思う。
 
 
今もそういう暮らしをされている人たちもたくさんいると思うし、ここに書かれているように、実際はいらなくなっても、自分では処分しないまま施設に入られるお歳になっているということ、珍しくないでしょう。
 
 
 
ここ10年、15年くらい「片付け」「断捨離」「シンプル」「ミニマム」などがキーワードになる暮らしについてのブログや書籍、多く目につくようになったけれど、その発信者や実践者は富裕層ではなくどちらかというと「普通」の暮らしをしている人が多いと思う。
 
 
 
最近は富裕層や芸能人もかなり思い切った「物の手放し」をしているのも聞くことがあるけれど、数は多くはない。
 
 
 
時代は明らかに「スッキリ」「少ない」ことに価値が移り、捨てられないと悩みながらもそれを目指す人たちが圧倒的に多くなってきている。
 
 
憧れだった何ピースもの洋食器、それが収まる何台もの食器棚、その食器棚が窮屈に感じない広さの家。
「お金をたくさん持っている」ということには羨ましさは相変わらずあったとしても(お金でさえ、必要以上には要らないと言う人もいるが)物を多く持つ、それが高価であっても、希少価値があったとしても、それへの憧れはガクンと減ったのではないかと思う。
 
 
 
私が知らないだけで、そんな富裕層の人たちもすでに、より質の高い「スッキリ」生活をされているのかもしれないけれど。
 
 
 
私はこの本のこの部分を読んで、自分もかつてそういう「価値ある物を多く持つ人」に憧れていた頃もあったと思いながらも、今はこの娘さん夫婦の立場に立って人ごとでなく気が重くなった。
 
 
自分の実家もモノであふれているが(ほとんどが不用で、ほとんどが高価でも希少価値もない)、母が住んでいる間は母が望むこと以外はしないと決めた。というか、諦めた。
 
 
でも本当は、本当は母にも、必要なものと、必要ではなくても大事なもの(スーツケースに収まるくらい)と、心潤す幾つかのものだけで、安全に、スッキリと、空気までキレイになるような気持ちよさを感じながら、暮らしてほしい気持ちが今もある。
自分も数年かかったがそれをしたおかげで、確実にしあわせを感じているからだ。
 
そんな気持ちもエゴなのかもしれないし、生活を変える体力気力が母にはもう残っていない。
せめておいしく食事をしていることと、毎日の無事を祈るしかない。
 
 
 
 
 
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