こんにちは!

1ヶ月程の絶食期間が終わり、今日から流動食をいただけることになりました〜!


  • 重湯
  • スープ(オニオン系?)
  • 牛乳
  • ジュース

が出てきました!


ひとまず今回は、重湯とスープをいただきました。

温かいものの安心感すごい。

牛乳は毎回出てきそうですが、多分ほぼ飲まないと思いますー。


さて、また治療の振り返り日記です。

1回目の抗がん剤治療が非寛解でなかなか落ち込んだ後の、救援療法による2回目の抗がん剤治療についての記録。

 



2025年11月下旬のこと。手書き日記から抜粋したものです。

再入院日

朝から普段通りルーティンをこなし、私はシャワーを浴び、夫は筋トレをしていた。朝ご飯も用意してくれて一緒に食べた。
次に退院は年末と想定して、今季のために購入していた新しいセーターをダウンコートの中に着こんだ。まだ説明を受けていない今後の治療と再びの入院生活に対して少々の緊張があり、病残へ向かう道中は落ちつかない。
病院に着いてからは、病陳へ向かうまでに少々インターバルを設けて気持ちを整える。
前回もそうだったのだけど、いざ病棟へいくと待ち時間が。「もう少し一緒にいたいでしょ。」と神様がなぐさめてくれているようだ。
お昼頃、ようやく先生から今回の治療についての説明を受けた。
初回に寛解に入らなかったため、今回の治療は「救援療法」と呼ばれるそうだ。5日間の抗がん剤。
抗がん剤を前回の5倍量使うときいて少しビビる。
前回ように24時間の点滴投与ではなく、日中だけで投与し終わるスケジュール。
保証はないが今回で寛解に入ったら、体力をつけた状態で造血幹細胞移植に向かえるということだ。移植する場合、右下と左上下にあれ親不知が感染源になってしまうので抜いた方が良いらしい。3本の抜歯…なかなかハードそうだな。。

抗がん剤1日目

朝起きたら右の喉の奥と耳が痛く、話しづらいし、食べづらい。何よりこの痛みが感染症だったらやっかいだと思って、看護士さん、先生に痛みを訴える。念のためでインフルエンザ、コロナの検査をした。陰性で予定通り治療が始まる。
(喉の奥が白くなってて、歯科にも耳鼻科にもみてもらったけどなんてことはないものだったみたいで、数日で治った。笑)
薬剤士さんから薬の説明とスケジュール表をいただく。前回より副作用が強めに出るかもとのことで、予防対策も盛り込まれている。初日はやっぱりソワソワ・ドキドキするな。
母から送られてきた白血病サバイバーで今年メンタルコーチになられた方のブログを読み漁って時間を過ごした。
頭の中のさわがしい状態を改善した方が良いと思い、今日は、タスクを洗い出すめをやめた。
ゆっくり、ゆっくり、焦らない、リラックスだよー

抗がん剤2日目

赤血球の輸血からスタートし、19時半くらいまでずっと点滴。最後は利尿作用のある水が入り、トイレが近い近い。入れた抗がん剤を排出するためのだそう。吐き気などの副作用はなく、2日目も無事終了。

抗がん剤3日目

毎日シャワー浴びさせてもらえて嬉しい。体調は安定している。
午後に母と弟が病院に来て、主治医の先生方とお話。その後、ドナーコーディネーターの方と弟が面談。白血球の型の検査をしてくれた。型が合う確率は25%、兄弟の存在ってすごいな…感謝だな。
治療中だから会うことはできないと先生から言われていたのだけれど、少しだけ対面させてもらうことができた。ロビーのベンチに2人が座っていて、正面の通路、3メートルくらいの距離から3分くらい話した。看護士さんの計らいに感謝!
体調は終日落ち着いていて感謝、治療3日目、無事に終了。

抗がん剤4日目

5:00過ぎに目覚める。起床時間まで気持ちを整えていた。「どんな時でも心の平安が大事」という言葉が残った。
土曜日だったので午前中に荷物を届けてくれて、回収した洗濯物をすぐに洗ってくれたようで感謝。
ビデオ通話しながら昼食一緒に食べて、そのまま繋ぎ続けて数時間経っていたような。
昨日来てくれた母・弟は京都のホテルに宿泊し、朝から京都御所に行ったそうで、母が少しリフレッシュできたようでよかった。

抗がん剤5日目

11月最終日は日曜日。早いもので抗がん剤最終日、何事もなく終了。後はもう感染対策をして、しっかり食べて、寝て、薬が効いて、血球が回復するのを待つだけ。委ねます。
多くの方に支えられていることに感謝です。



愛用中の日田天領水飲んで一日一日大切に過ごします。

今回もお読みくださりありがとうございますコーヒー