昨日は七夕だったんですね![]()
入院期間が長くなっていて、季節の感覚は失っております。空調完備の病室に籠っているもので。。
クリーンルーム(いわゆる無菌室)は、ほぼ一定の温度が保たれているんです。
看護師さん雑談的に話してくれる天気や気温のことをで季節を感じとっています。
2週間前に出てきた薬疹はほとんど治りました。
相変わらず絶食と輸血の日々ですが、痛いところなどはなく、穏やかに過ごせていることが感謝です。
一日一日です。
さて、また治療のことを振り返っていきます。
昨年の10月の最初の抗がん剤治療では寛解に入らず、とてもショックを受けました。
その時に綴っていたことを紹介します。
治療開始から35日目の採血。血小板の数値はどんどん回復しているが、肝心の白血球が増えてこない状況が続いている。また、身体には赤い発疹が広がっていた。
2日後の採血結果次第で、骨髄検査をすることになった。ただ単に細胞がのんびりしているのであれば待てば良いが、骨髄の中の状況把握のため一旦検査しますと先生。初めての抗がん剤だから血球の回復がゆっくりなのかもしれないということもおっしゃっていたような…
正直、少しネガティブになった。もしかして悪い細胞が残っているのかな…と不安感と共に浅くなる呼吸。焦らない焦らない。
2日後の採血結果、血小板と赤血球の数値はどんどん回復している。しかし、白血球は相変わらず低値のままだったため、骨髄検査をすることになった。2回目の骨髄検査は、1回目よりも早く終わったように感じた。
夕方には検査結果が分かるとのことだったが、昼過ぎには先生が病室にやってきた。
「残念ながら、悪い細胞が40%くらいありました・・」
え・・
つまり抗がん剤が効かなかったということ??
若年層の白血病では、最初の治療で8割が寛解に入ると聞いていた。もちろん8割に入ると思っていたので、頭真っ白。日が沈むまでベッドの上で放心。
8割に入れなかったということは、どういうことなんだっけ?
白血病において、寛解導入療法で寛解に入るか入らないかで「予後」が決まってくるという説明を受けていた。ちょっとピンチな状況だということは認識していた。
何はともあれ治療に一区切りがついた。一旦、家に帰ることができるように、その日の夕方と翌日に白血球を増やす注射を打ってもらった。骨髄性の白血病の場合、この注射で悪い細胞も増やしてしまう懸念があるそうだが、応急処置的に打ってくれたようだ。
一時帰宅の前日に主治医の先生から治療結果について夫と2人で話を聞いた。その際に、今後の治療の中で「造血幹細胞移植」を検討する必要があること段階に入ったことを知り、ドナーコーディネーターの方から説明を受けた。
正直、治療結果を受け止めることでいっぱいいっぱいになっていて、移植の説明を受けた時は上の空だったと思う。そんな状態ではあったけれど、移植の準備を進める第一歩として、HLA検査のための唾液採取をした。
HLAとは白血球細胞の型で、移植はHLAの型が合うドナーから幹細胞を提供してもらうのだ。
兄弟だと25%の確率で一致、骨髄バンクから一致する型を探すのは結構大変なことみたい。骨髄バンクの仕組み、すごいな。
この時に思っていたことは、初回で寛解にならなかった場合、治癒を目指すには移植は避けられないのか?ということだった。病気そのものよりも移植という治療に恐怖感を抱いていたような気がする。
その日の夕方、看護師さんがこの結果を受けての気持ちを聞いてくれた。この時ようやく感情が出てきた。話していて、私は覚悟が足りていなかったことに気がついた。そもそも1ヶ月や2ヶ月で治療が完了する病ではないのだ。やっとしっかり病気と向き合ったような気がした。
そして、40日ぶりに家に帰ることができた。紅葉が美しい季節になっていた。
病室の窓から見えていた山の麓の、ひときわ紅葉していた場所に行きたくて、秋晴れの日曜日の朝に散歩に出かけた。
澄んだ空気の中で、ゆっくりと紅葉を眺めるのは何年ぶりだろう?
家に帰れる喜びと今後の治療への不安を抱えた一時退院はあっという間だったけれど、とても貴重な時間だった。
一緒に食事をして共に過ごせるパートナーがいることが感謝だった。
親・兄弟・友人への相談と連絡、自分の気持ちの整理をして、3日後に、再び病院へ。
気長に根気よく治療していく覚悟をした出来事でした。
今回もお読みくださりありがとうございます![]()
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