5 葬式が終わった後のパーティーも普段のごく普通のパーティーだった。
礼拝堂の隣の建物にある小さなキッチンには、バブが好きだった
大きなソーセージを挟んだパン、野菜サラダ、ビーンズ、パイ
などが盛られている。それをおのおの使い捨ての紙皿に取り、
缶入りのコーラやオレンジジュースを選ぶ。屋外に並べられた
テーブルで思い思いの席に座って食べる。参加者全員が車を運転して
きているので、アルコールは一切なしである。
アルコール好きのフリムン徳さんにも不満はない。
喪主のティーナが準備したのは飲み物とサンドイッチのパン、
ソーセージだけ。
野菜サラダ、デザートのパイは何人かの持ち寄りである。
なんと金のかからない、簡単で質素なアメリカの田舎の葬式かと、
心に残る。葬式の費用で頭を悩ます日本人に見せたい。
もちろん、香典を包む習慣もない。
以前、日本人の習慣の抜け切れない私は、二度ほど、
知り合いの白人が死んだ時、10ドルの香典を包んで供えた。
しばらくしてから、一つの家族からは「このお金は教会に
寄付します」と、もう一つの家族からは「このお金で記念に
死んだ彼の好きなカエデの木を植えます。紅葉したら見に
きてください」と返礼の手紙が来た。
どうしてこうも日本の葬式と違うのだろう。
アメリカの田舎の人は普段着のままで、普段着のままの人を
葬式してあの世へ送る。
それに比べると日本の葬式は豪華絢爛である。
黒の喪服にネクタイ、真珠の首飾り、数え切れないほどの
豪華な花輪、おいしいご馳走に囲まれてあの世へ行く。
数年前、嫁はんは母親の葬式に喜界島へ行った。
その時の葬式の様子を聞くと、喜界島の葬式とアメリカの田舎
ブラッドレーの葬式は、大金持ちと超貧乏人の葬式の違いが
あるようだ。習慣の違いは面白い。
続く