聖書箇所(旧約聖書 エゼキエル書 14:1~11)の要約
長老たちの何人かが預言者エゼキエルの所に来ますが、主(神様)は偶像を心の中に秘めている者には応じないと言われます。
神様は彼らが立ち返り、忌み嫌うべきものを遠ざけることを願われます。
しかし、心の中に偶像を秘めて神様に尋ねようとする者には敵対し、その者たちを御自分の民の間から絶ち滅ぼすと言われます。
【御言葉から】
主(神様)は、心の中に偶像を秘めながら御自分の下に来ても、答えられません。
長老たちの何人かが神様の御心を尋ねるために預言者エゼキエルの所に来ました。
しかし、彼らは心の中に偶像を秘め、神様の御心を尋ねようとしながらも、心の中では「エルサレムは決して崩れない」と信じていました。
偶像が彼らの心を遮り、彼らを不義に引き込んでいたのです。
彼らは、真に神様を恐れていた訳ではないのに、表面的に神様の御心を求めていたのです。
彼らの心の内を全て御存じの神様は、彼らに裁きを宣告されます。
神様以外のものを心の中で拝むなら、神様は応えてくださいません。
二心を抱く者は、神様から何も頂くことはできないのです。

神様は、偶像を心の中に秘めている者たちに、立ち返って偶像から身を翻し、忌み嫌うべきものを遠ざけよと命じられます。
そして、誰でも御自分から離れて心の中に偶像を秘めておきながら、御自分の御心を求めて預言者の所に来る者には敵対すると言われます。
神様は、彼らを「印」「語り草」として、そのような者を立ち滅ぼされます。
偽預言者たちも、偽りの預言をするよう放置されます。
そのようにして神様は、尋ね求める者にも偽預言者にも自分の咎を負わせます。
その目的は、裁きを通してイスラエルが御自分から離れないようにし、再びイスラエルを御自分の民とし、彼らとの関係を回復するためです。
自分に罪を犯させる偶像を捨て、神様だけを見上げる人に、回復の恵みが与えられます。
【祈り】
見掛けは敬虔であっても、心の中には主イエス様よりも愛しているものがあったことを告白します。
イエス様の助けを求める前に、先ず心の中に秘めた偶像はないか探り、それを捨て去ることができるよう助けてください。
純粋な心でイエス様だけを愛し、従えますように。
一人でも多くの方が主イエス様と出会い、罪の悔い改めに導かれてイエス様を信じ罪赦され、救われますように。
主の御心がなりますように。 ナザレ主イエス・キリスト様の御名で祈ります。アーメン!
お友達の「すぅちゃん(https://ameblo.jp/suchanroom)」からお借りした絵です。




