聖書箇所(旧約聖書 民数記 8:1~13)の要約

主(神様)がモーセに命じられた通り、アロンは灯皿を燭台の前を照らすように載せます。
またモーセは、レビ人に罪の聖めの水を掛け、全身にかみそりを当て、衣服を洗い、身を聖めさせます。
アロンはレビ人を奉献物として主の御前に捧げ、レビ人は1頭の雄牛を全焼の捧げ物として主に捧げます。

 

 

【御言葉から】

聖所を明るく照らす光は燭台の灯なので、燭台の位置と方向が重要です。
燭台は臨在のパンの向かいの南側に位置しています。
そのため、神様は、暗い聖所を隅々まで照らすことができるよう、7つの灯皿が燭台の前を照らすように載せるよう命じられます。
燭台は、台座から花弁に至るまで純金1タラントを打って作ります。
燭台の支柱を中心にして左右に3つずつ枝が伸びていますが、これは命の木を思わせます。
燭台は、聖所におられる神様の臨在と命を象徴しています。
主イエス様は、暗い世に命の光として来られました。
イエス様の光と命を受けた私たちクリスチャンは、世を照らす光になのです。

聖なる神様に仕える人は、聖くなければなりません。
幕屋の奉仕のために、レビ人は身体的、祭儀的に聖められなければなりません。
モーセはレビ人に罪の聖めの水を掛けた後、全身の毛を剃らせ、衣服を洗わせます。
次に、全焼の捧げ物と穀物の捧げ物と罪の聖めの捧げ物を持って来させます。
会見の天幕の前、詰まり神様の御前で、イスラエルの全会衆がレビ人の上に手を置きますが、これはレビ人がイスラエルの子らに代わって幕屋で仕えることを意味します。
アロンは、レビ人を奉献物として神様の御前に捧げます。
その後、レビ人が罪の聖めの捧げ物を捧げて罪を贖うと、神様に仕える準備が終わります。
聖なる神様に仕えるために、具体的な奉仕の前に、先ず聖められた心と身体の用意がなされます。

 

 

【祈り】

御言葉に従い、暗闇に真の光が照らされることを願います。
この世に生きながらも、天に属する区別された者として、私の人生を主イエス様に捧げたいと願います。
イエス様の義の衣を着て、聖く整えられ、イエス様の栄光のために用いられる聖い器になれますように。

一人でも多くの方が主イエス様と出会い、罪の悔い改めに導かれてイエス様を信じ罪赦され、救われますように。
主の御心がなりますように。 ナザレ主イエス・キリスト様の御名で祈ります。アーメン!

 

お友達の「すぅちゃん(https://ameblo.jp/suchanroom)」からお借りした絵です。