聖書箇所(旧約聖書 哀歌 3:55~66)の要約

エレミヤは、穴の深みから主の御名を呼びました。
彼が主を呼び求めると、主は「恐れるな」と言い、彼の訴えを取り上げ、彼の命を贖ってくださいました。
エレミヤは、自分を謗り、からかう者たちに報復し、呪いを下し、御怒りを以って彼らを天の下から根絶やしにして下さるようにと願い求めます。

 

 

【御言葉から】

私たちには、絶望の中で呼ぶことのできる御方がおられます。
エレミヤは、敵の執拗な攻勢に絶望していました。
「穴の深み」は、自力で脱出できない危機的状態を意味します。
エレミヤは「主よ」と御名を呼んで祈り求めます。
かつてイスラエルが危機的状況で主の御名を呼び求めた時、主が彼らを救ってくださいました。
ですから、エレミヤは今の苦しみの中で主の御名を呼び求めたのです。
彼は、かつて主が「恐れるな」と言って彼を慰め、悔しい思いを晴らしてくださったので、今、民が受けている悔しい不当な思いも主が晴らしてくださると確信します。
主の御名は、私たちの望みです。
過去に義をもって報いてくださった神様は、今も義をもって報いてくださいます。
神様は、人の言葉や行いを全て御覧になっています。
エレミヤは、裁判官である神様に、自分に対する敵の嘲りと企みの言葉を告発します。
敵に目を留めて「彼らの手のわざに応じて」報復し、呪いを下してくださるよう嘆願します。
更に、御怒りをもって敵を追い、彼らが天の下で生きられないようにしてくださいと求めます。
「自分の敵を愛しなさい」というイエスの御教えに慣れ親しんでいる私たちには、エレミヤの告発に違和感を覚えるかもしれません。
しかし、エレミヤの求めは、個人の復讐のためではなく、義の裁きのためのものです。
即ち、罪に対して裁かれる神様の義を敵にも明らかに示してくださるように願い求める祈りとも言えます。

 

 

【祈り】

「恐れるな」という主イエス様の御声を、いつも聞くことができますように。
深い穴に落ちたような苦しみと悲しみが続いても、イエス様が私の祈りに耳を傾けてくださっていることを忘れませんように。
いつも私の歩みを見覧になり、行いに報いられるイエス様の御前で敬虔に歩めますように。

ワクチンとは言えないコロナワクチンや地球温暖化、LGBTQ、昆虫食など、反キリストのサタニストどもの悪巧みが主イエス様の時に暴かれ、阻止され、裁かれ、罰せられますように。
一人でも多くの方が主イエス様と出会い、罪の悔い改めに導かれてイエス様を信じ罪赦され、救われますように。
主の御心がなりますように。 ナザレ主イエス・キリスト様の御名で祈ります。アーメン!